子供の頃、
家族で出かける“特別な場所”の1つが横浜でした。
私の横浜での思い出は
定番の中華街や赤レンガ倉庫をさしおいてほぼ
山下公園と氷川丸と税関資料館に集約されます。
以前機会があって
中華街やラーメン博物館やコスモワールドなどを
まわったときもどこかでは「違うな」と思っていて。
山下公園のベンチに座って
観覧車や氷川丸やランナーをながめておしゃべりしたり、
税関資料館で密輸の手口に唸っているのが落ちつきます。
また行きたいな、横浜。
初夏ぐらいに氷川丸見学して山下公園でぼんやりしたい。
というわけで今回は横浜駅のおはなし。
柞刈湯葉さんの『横浜駅SF』を読了です。
2XXX年、日本のほとんどは〈横浜駅〉になった
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改築工事を繰り返す〈横浜駅〉が、ついに自己増殖を開始。
それから数百年――
JR北日本・JR福岡2社が独自技術で防衛戦を続けるものの、
日本は本州の99%が横浜駅化した。
脳に埋め込まれたSuikaで人間が管理されるエキナカ社会。
その外側で暮らす非Suika住民のヒロトは、
駅への反逆で追放された男から『18きっぷ』と、ある使命を託された。
はたして、横浜駅には何があるのか。
人類の未来を懸けた、横浜駅構内5日間400キロの旅がはじまる――。
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※あらすじは「横浜駅SF特設サイト」より引用しました(一部編集)。
http://yokohamaekisf.kadokawa.co.jp/
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購入に至った動機は表紙デザインと
「横浜駅の自己増殖」という異常な設定。
「SF」と聞いてイメージされるような
コテコテのサイバー空間や異国感・別次元感はなく、
自動改札やSuicaなど日常的なアイテムを使いつつ
終始日本国内で展開される“純国産”なストーリーは
妙な親近感があってディストピア風なのにワクワクします。
専門的・独創的な用語や世界観ではじめはとっつきにくい印象ですが、
読みすすめていくと水のようにツルツルとなめらかに頭に入ってきて
終わってみれば3日程度であっというまに読了してしまっていました。
電車内や駅構内で読むと
耳や肌でも世界観を味わうことができるのでおすすめ。
個人的には
自動改札がここではどういう姿なのかを
まったくイメージできなかったのですが、
特設サイト「キャラクター」欄にそのビジュアルが描かれているので
世界観や雰囲気をつかみたい人はこちらも併用するといいでしょう。
“選ばれし者”が主人公になるのか
おれはこいつを諸事情で手に入れて、
興味本位でエキナカに来たただの観光客なんだ。P37/L12より引用
基本的な主人公(※)となるヒロトは、
主人公でありながら「主人公」ではなく
あくまで1人の人間として描かれているところに好感がもてます。
たまたま東山から『18きっぷ』を託され、
たまたま教授から「42番出口」の存在を聞き、
たまたまネップシャマイやケイハと出会って。
それらすべてを“主人公補正”という偶然で片づけることもできますが、
どれもまぎれもなくヒロトが決断して行動したからこその偶然であって。
自分の存在を
終始「ただの観光客」と主張するヒロトからは、
主人公という存在が神に選ばれし者ではなく
行動の結果でしかないという真理を垣間見ることができますね。
なぁ、俺は一体何なんだ?
P220/L15より引用
5章でヒロトが直面する問いは哲学的で、
彼が悩みながらも導きだしたあの答えはきっと
私の今後の人生にも大きな影響を与えるだろうなと直感しました。
命尽きるまで、ここで、生きていく。
ラストは尻すぼみのようにも思えましたが、
舞台設定の規模を考えるとこれが妥当なのかもしれません。
物語が終わっても、
世界と各人の生活は突然終わりはしないから。
主人公としての役割を終えてもなお
自分で考えて行動するヒロトはすごいですね、尊敬します。
現在カクヨムにて
外伝となる瀬戸内海・京都編と群馬編も読めるそうなのですが、
著者曰く「大幅に加筆して2017年中に発売する予定」とのこと。
ひとまず第2作目『重力アルケミック』を読みつつ刊行を待ちましょうか。