桜川ヒロ『完璧主義男に迫られています』を読みました。書店をぶらぶらしているときたまたま目にして、タイトルを二度丁寧に読み、「嫌すぎる」とちょっと笑ってしまったので購入。まさかのラブコメ。恋愛小説は普段は滅多に読まないんだけど春は無性に恋愛小説とか読みたくなっちゃいますね。去年か一昨年あたりもやっぱり春に恋愛小説でキュンキュンしたくなって、でも読んだのが山本渚『吉野北高校図書委員会』で、再読なのに初読の倍以上切なくて五月病待ったなしの胸の苦しさを味わった思い出。今年は無事にキュンキュンして声出して笑いました。

 

 

 

わぁあぁあぁ!!

イベント会社で働く卯月陽菜は、社内で“営業部の鉄仮面”と有名な堅物の完璧主義男・長谷川薫に告白された。ところが彼は、陽菜を好きだと言うくせに不服そう。どうも彼の“完璧な将来計画”で付き合う予定の女性像と、陽菜はかけ離れているらしい。「大丈夫です。俺と付き合えば、徐々に素敵な女性にしてあげます」「いや、無理だわ」キッパリ断る陽菜だったが、諦めない長谷川の誠実かつ隙のないアプローチで迫られてしまい――。完璧主義男に翻弄される、頑張りOLの(恋の)運命は!?

 

――文庫裏より

あらすじからすでにおもしろすぎない?

 

文字数や情報量の都合で文庫裏のあらすじを採用しましたがKADOKAWAのサイトに掲載されているあらすじも簡潔ながらおもしろかったのでぜひ読んでみてください。

 

※参照:https://www.kadokawa.co.jp/product/321801000249/

 

真顔でグイグイ距離を詰めてくる前半のキャラ濃度高すぎる長谷川さんがとてもよかったです。陽菜にぴしゃりと断られるたびに見せる「本気ですか……?」「なぜ……?」という、語尾に(迫真)がつきそうなリアクション、想像しただけで笑える。ここだけケンドーコバヤシ氏の声で脳内再生されてしまう。表紙の雰囲気も相まって読んでいるあいだ脳裏にはずっと漫画『オタクに恋は難しい』の二藤宏嵩がチラついていました。中身は全然違います

 

 

と、笑っていられたのも束の間、長谷川さんのアプローチが次第にマジになってくるとあとはもう緩もうとする表情筋を必死にこらえるめちゃくちゃ気持ち悪い顔してる自分との闘い。死闘。ベッドの上をのたうちまわって死闘をくりひろげていた。

 

「わぁあぁあぁ!!」
何かに耐え切れなくなったのか、陽菜がそう叫びながら顔を両手で覆った。

 

(P239/L12~13より引用)

 

オッケー、陽菜、そこを代われ。私が叫ぶ!顔を両手で覆う!

 

恋愛小説なんて読み慣れていないものだから、ところどころ文庫本をぶん投げて虚空をながめて一度冷静になってからふたたびページを開いて「あらー」とか言いながら読んだりしました。奇行。恋愛小説とはこんなにも甘酸っぱいものなのか…身がもたなすぎる。P65~66とか照れちゃって身体をぐにょんぐにょんによじらせながら読んだんですけど?

 

なんだ、結構おもしろいんじゃん、恋愛小説。

 

 

 

恋が溶けたあたりまえの底

「君は恋愛感情というものが何年続くか知っていますか?」

 

(P112/L3より引用)

 

基本的には肩の力を抜いて読めるおはなしだけど、個人的に印象に残ったのは、P112~113あたりでしょうか。

 

君は怖くないんですか? 結婚している相手のことをなんとも思わなくなる日が来るんですよ?

 

(P112/L9~11より抜粋)

 

これはあんまり関係ない話かな…昔、坂木司『青空の卵』(だったと思う)を読んだとき、鳥井という登場人物が父親のことを名前で呼ぶんです。その理由にとても感銘を受けたことがあって。だから、本書で長谷川さんが言ったこと、陽菜は「難しく考えなくても」って言うけれど、私はなんかちょっとわかる気がする。上手く言葉にできないのですが、家族とか恋人とか、誰かと長く一緒にいるほど、相手の存在をあたりまえに感じていくのが自分でもありありとわかってしまうというか。

 

恋愛感情がなくても家族とかって一緒にいたいって思うじゃないですか? 恋愛感情がなくてもそういう風に思えるのって、逆にすごくないですか? ほら、恋愛より、一歩先に進んでいる感じがして!

 

(P113/L8~11より抜粋)

 

だけどそのあたりまえに対する、不安、嫌悪、恐怖、そういうのと全部むきあってみたら、陽菜の言葉もすごくしっくりきたのです。「好き」とか「嫌い」とかじゃなくて、そういうのじゃない感情、あるいは「好き」も「嫌い」も混ざって違うものになった感情が、“あたりまえ”の底にはあるな、と。

 

恋愛、なんて昔の人は巧い言葉をつくったものだなと思います。恋しく想う初々しさは時間の中に溶けてゆき、それでも添いつづけると、あとには濾過して熟成された愛しさが残る。これが陽菜の言う「一歩進んだ感じ」の正体なんだと私は思います。

 

 

 

本命は高井

ラブコメの王道を押さえつつ、恋に理想なんて無意味だよな~と明るく笑わせてくれる、軽やかな作品でした。中村航氏が自分の中でヒットして中村作品を片っぱしから読んでいた時期があり「若気のいたり」なんて思っていたのですが、なんだ、今でも結構読めるんじゃん。これからはもうちょっと積極的に手にとってもいいかな。

 

本書をきっかけに今後は読書の視野がまた広がりそうです。ありがとう長谷川さん。長谷川さんには本当に頭が下がりっぱなしです。だけど正直一番好きなのは『社内ちちくりあい事件』とかいう最高のネーミングセンスしてる高井。すまんな。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。