blood photo

 

 

 

幼少期、
私は母によく「なんで?」と訊かれる子供でした。

 

詳しい事情は割愛しますが、
私は学校でちょっとした問題を抱えていたのですが
母はどうもそれが嫌だったというか恥だったようで
困ったようなあきれたような「なんで?」の場面を
今でもトラウマのように鮮明に覚えているんですよ。

 

なんでと訊かれても自分でもわからないんですよ。
わからなくて説明もできなくて困らせてしまうから
結局自分でも「なんで?」と自分を責める負の連鎖。

 

中学生の頃に読んだ小説の中で、
家族のことを「イエゾク」と呼んだ文章がありました。
(おそらく川島誠氏の著作だったように思うのですが)

 

さすがに一語一句までは覚えていませんが、
「僕らは同じ家に住んでいるだけの集まり(=族)だ」
というような文言で当時なるほどなぁと思いました。

 

家族もまた1人1人が個であり、
血がつながっていようが同じ家に住もうが、
外の人間と同じように自分と切りはなれた存在なんです。
おたがいを1から10まで理解することはできないんです。
理解しようと歩みよるとっかかりが他よりあるだけです。

 

今回はそんな家族についてのおはなし。
岸田るり子氏『血の色の記憶』読了です。

 

 

 

***

 

僕の瞳には、色も真実も映らない。

 

色覚障害の少年・生駒川菊巳が見つけた、
色覚障害者のサイト〈ランボー・クラブ〉。

 

サイトのトップにはランボーの『母音』という詩。
原語で掲載されたこの詩をどうして読めるんだろう。
僕はフランス語など習ったことはないはずなのに…。

 

Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青。
菊巳の中で鮮やかな血の色の記憶がよみがえった。
どんな色なのか区別がつかないはずの“赤”の記憶が。

 

あるはずのない記憶。
菊巳という子供は自分以外にいたのではないか。

 

後日、
記憶と疑念にさいなまれる菊巳の前で事件は起きる。

 

何者かによってあの詩が書き換えられ、
詩になぞらえた死体が発見されたのだ。

 

自分は一体何者なのか。
本当の“自分”を探しだした色覚障害の少年の真実とは。

 

***

 

 

 

なかなか甲乙をつけがたいおはなしでした。

 

文章はちょっと硬い感じがして、
最初はとっつきにくい印象もあったのですが
ミステリーとしては読みごたえがありました。

 

ただ、
良くいえばさっぱりというか。
悪くいえば残るものがないというか。

 

菊巳が年齢のわりに成熟していた点。
真相解明と同時に物語が完結してしまった点。

 

以上2点が個人的には残念だったところ。

 

菊巳をとりまく家族、そして、自分自身までもが
不穏で怪しくてどんどん信じられなくなっていく。
ただでさえまわりのサポートが必要な状況なのに。

 

中学生が抱えるにはあまりにも過酷な現実でした。
私だったらあんな現実は耐えられなくて発狂します。

 

あと義妹の有香ちゃん。
彼女は登場回数は少ないのですが、
彼女も描かれていないところでつらかったのでは…。
家族の変化は肌で感じていただろうし、それなのに、
自分だけ家族の事情の蚊帳の外で不安もあったはず。
菊巳ともどもきちんと事情を知って消化できるといいな。

 

子を利用する親。
子を愛し守る親。
本当の親。
義理の親。

 

誰が味方なのか。
誰を信じて、誰を頼るべきなのか。
みんな自分の“親”のはずなのに。
だけど誰も本当の自分を見ていない。

 

菊巳がたくさんの不安の中で信じて頼った大人が、
カウンセラーの小林先生や探偵の麻理美といった
〈外の人間〉であるというのはやるせない話です。

 

 

 

著者・岸田氏の経歴を見てみると、

著者は思春期に親御さんの仕事の関係で渡仏し、

フランスで教育を受けたのちに帰国した。
(解説より)

とあります。

 

なるほどと思ったのは、
文章のところどころに日本という国について
岸田氏自身の想いが見え隠れしているような、
的確な描写が見受けられたところなんですよ。

 

安定していてはずれのない味の上に値段が安い。
もしかしたら、
それが人の心を荒廃させるのだろうか。
(中略)
この牛丼には何もない。
全国一律に決められた分量の調味料で
マニュアル通りに味付けされている。
ぶれのない味だが、
作っている人間の誇りや愛情はまるでない。
そう思って従業員の顔を見ると、
若者なのに活気がないことに気づいた。
食べてる客まで無機質に見えてくる。
自分たちもその一員なのだ。

 

とか、

 

平等平等と変な平等意識をかかげて、
能力のある者を引きずり下ろすこの国の教育には、
お父さんは元々疑問を感じていたんだよ。
ちょっとでも人と違うと常識という正義の名のもとに、
嫉妬に狂った連中がよってたかって糾弾する。
なんとも息苦しい国じゃないか。

 

今回あまり付箋が進まなかったのですが、
唯一付箋をつけた箇所がまさに日本描写シーン(笑)

 

そもそも、
自分が何者なのかわからないこと自体、
自分が何者なのか知りたいということ自体、
日本のお国柄というか現代的特徴なのかも。

 

真相へむかって、
菊巳の目を通して主観的に追うパート。
麻理美の目を通して客観的に追うパート。

 

物事は視点を変えるとときに別の顔を見せる。
Aに見えたものはBに見え、また、逆も然り。

 

 

 

Twitterで以前、
あるドレスの画像で色の見え方について
「白と金」「青と黒」と意見が分かれる
なんて話題が盛りあがったことがありました。

 

自分が見ているものが、
必ずしも他人と同じとはかぎりません。

 

あなたは本当の“自分”が見えていますか?

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。