子供の頃からピエロが怖いです。きっかけは父のいたずらだったのですが、あるとき父に名前を呼ばれてふりむくと、ピエロのお面をかぶった父が佇んでいて。
泣きました。
今でもトラウマです。
最近だとSEKAI NO OWARIのDJ LOVEさんのかぶるお面があのとき見たピエロのお面にそっくりなので、テレビ等で見かけるのがちょっぴり怖いです。たまに公園で見かける大道芸人さんも怖い。春になると公園でよく見かけるのですが。ああ…今年も春が来ますね(遠い目)。
と、いうわけで、今回はピエロ…ではなく。ピエロといえば、サーカス、ということで(?)サーカスにまつわるおはなし。紅玉いづき氏『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』読了です。
首都を襲った天災から長い時が過ぎた。震災復興の名目で湾岸地域へ誘致された大規模なカジノ特区には、客寄せに作られた少女サーカス団がある。そこで古き文学者の名を戴き、花形の演目を任されるのは、曲芸学校をトップで卒業した精鋭のみ。ところがある日、8代目サン=テグジュペリこと片岡涙海が練習中に空中ブランコから落下。身代わりに舞台に立ったのは、天才の姉とは姿だけがそっくりの、双子の妹・愛涙で……。
※あらすじは文庫裏より引用しました。
書店でたまたま見つけて、表紙とタイトルに惹かれて買ってしまった1冊。表紙がとにかくかわいい。素敵。飾れるレベル。おはなしはいわゆる少女小説(※)、舞台も〔少女サーカス団〕というちょっとクセのありそうな設定で初めてのジャンルに不安でしたが、読んでみたら大満足の1冊でした。
※少女小説:
少女趣味の小説、または少女を対象に書かれた小説(Wikipediaより)。
姉を立ててばかりの愛涙。孤独のまま演者へのぼりつめたカフカ。少女サーカスを愛する歌姫・アンデルセン。演者の座を守るため妹を身代わりにした涙海。最初のうちは愛涙に肩入れしてたからアンデルセンや涙海の印象が良くなく、カフカしか信じられなかったですけど、読めば読むほど彼女たちの本心・心根がわかり、幻想的な文章でありながら意外にも熱い展開に。最後は思わず泣きそうになってしまうほどでした。物語は開幕と1幕~4幕と閉幕の5章構成でして、連作短編集と捉えるべきか長編と捉えるべきか…。難しいところなのですがここはあいだをとって各章印象的なシーンについて感想を書きます。
開幕~第1幕 ブランコ乗りのサン=テグジュペリⅠ・Ⅱ
愛涙視点。愛涙の章は意外にスポーツ漫画のヒロインのような、爽やかで凛々しい成長シーンが印象に残りましたね。
この痛みが、身体の隅々まで私のものだと感じさせてくれるようだった。この身体は私のもの。私の意志の届くもの。自由自在に動かせるもの。
不思議なものです。姉を装うことで彼女が経験した恐怖・痛み・苦しみ。心と身体に刻まれたそれらが愛涙を“愛涙”たらしめる。自分の痛みを知ることで“自分”を知る。自分の痛みを知ることで誰かの痛みも知る。優しい愛涙らしい成長の仕方ですよね。
第2幕 猛獣使いのカフカ
猛獣使いのカフカ視点。カフカの章は不器用で悲しげではかなくて、花で喩えるならかすみ草のようなおはなし。
愛想笑いもご機嫌取りも大の苦手で、人のために笑わなくてもいい生き方が欲しかったカフカ。
「私は貴方のように笑うことが出来ません」
(中略)
だから、あなたのように美しくは、なれない。
口元に美しい笑みを浮かべることのできる“人形”のチャペックに放ったその言葉は、彼女の「それだけ」という言葉の中で溶けていく。それだけ。そう、笑うだけ。
人を遠ざける孤独な少女が、人との出会い、そして、別れで成長する。カフカの矛盾した成長の最後には泣きました。
第3幕 歌姫アンデルセン
歌姫のアンデルセン視点。他のおはなしとは違ってちょっぴりアダルティ。官能的でもあるし、裏社会的なスリリングもあり。ここでようやく、奔放で高慢に見えたアンデルセンの心根が見えてきます。誤解を抱かれやすいけど、この子は誰よりも熱く優しい子でしたね。
あたしは、彼女がこの舞台にはふさわしくないと思う。けれど、彼女はそれをはねのけても、舞台に上がるだけの、才がある。
才があるのならば、そこに美しい芸があるのならば、仕方がないとあたしは思う。
(中略)
不平等さも、美しさだから。
人を認めるというのは、人を好きになることよりも難しいことだと思うのです。おそらくそれは、アンデルセンも、わかっていること。彼女は自分の舞台を愛しているのではなく、自分たちの舞台を愛しているから、守る。本当にもう…誤解されやすい子ッ!
閉幕 ブランコ乗りのサン=テグジュペリⅢ
涙海視点。姉の本心と、すれ違う双子が迎える結末のおはなし。最初は嫌なヤツ感あるのですが、最後…ッ!良い!
涙海は愛涙に毅然とふるまいすぎたし、愛涙は涙海に優しくありすぎたのだと思う。“8代目サン=テグジュペリ”涙海も愛涙も、この偉大な看板ばかり見ていた。そこに透ける姉妹の想いには気づかないまま。
ブランコに乗るように、一度はつないだ手を。
空を飛ぶために離す。
行きたい場所に、行けるように。
ブランコ乗りの双子らしい結末でした。
一見、華やかで幻想的に見える文章。ときどきそこから垣間見える残酷さ。まるで〔女の子〕を凝縮したような、そんな1冊。
2017年8月8日に加筆修正しました。