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2016年7月13日。
東京都内で開催された古書店のオークションにて、
小栗虫太郎の直筆原稿等が出品されたそうですね(※)

 

小栗虫太郎の作品は私はまだ読んだことがないのですが、
元彼が結構読んでいた作家だったので読書好きとしては
このニュースが元彼の耳にも届いていることを願います。

 

そういえば数ヶ月前にもよそで、
小栗虫太郎を読んでいる人の話を聞いたっけ。
文学紳士は三大奇書好きが多いんでしょうか。

 

文豪の生原稿を手にできるとしたら、
みなさんだったら誰のものが欲しいですか?
私は宮沢賢治の「どんぐりと山猫」のおはなしが好きなので、
生原稿が現存するならぜひ一度この目で見てみたいものです。

 

そんなわけで今回は古書のおはなし。
ブラッドフォード・モロー氏『古書贋作師』読了です。

 

※以下のURLを参考にしました。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12458361.html

 

 

 

愛の隙間からのぞく歪んだ愛


 

 

後頭部を殴打され、
両手首を切断された状態で発見されたその男は、
コナン・ドイルなど著名作家の直筆を偽造する贋作師だった。

 

彼の妹と交際しているわたしも、
かつて名を馳せた贋作師。
だが逮捕されたことを契機に足を洗い、
今は古書オークションハウスで働いている。

 

文豪の筆跡で書かれた、
謎の脅迫状に怯えながら……。

 

異様な語りで稀覯本の世界へ読者を誘う、異色のミステリ。

 

※あらすじは東京創元社HPの内容紹介より引用(一部編集)しました。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488184056

 

 

 

タイトルに惹かれて発売前から気になっていたのですが、
読んでみて率直な感想は「 文 体 は 好 き 」とだけ。
主人公のおまえ反省してないだろっぷりには笑いました←

 

文体は後述しますが、
言葉選びがきれいで優雅で格式があってよかったです。
さすが古書を題材に扱っているだけある!という感じ。

 

キャラクターについてはこれも後述しますが、
正直個人的には出てくる人物ほとんど全員嫌でした。
モブの文具店の上司しか心を許せる人がいません(絶望)

 

構成については、
内容紹介には「異色のミステリ」とあるものの、
あまりミステリー感は味わえませんでしたね。
贋作師殺害の犯人もゴリゴリの予想どおりでした。
謎よりも人間の歪みっぷりを楽しむ作品だと思います。

 

 

 

ぜんぶ文章表現のせいだ。


 

 

物語としてはイマイチだったのですが(※個人の感想です)、
おもしろくなかった!とけちょんけちょんに言えないのは
文章表現のセンスがめちゃくちゃ好きだからなんですよね。

 

時代が時代だったら、
SEKAI NO OWARIの「スノーマジックファンタジー」に乗せて
川口春奈さんに「ぜんぶ文章表現のせいだ。」って言わせてました。

 

 

古書おたくの嗜好ときたら千差万別だが、
世の中には人類が考えうる限りの嗜好に
合った本屋というのがまた存在する。
蚊の一生を、
顕微鏡画像のイラストつきで述べた
十七世紀の本が欲しいとしよう。
はい、これですね、とさし出せる
ディーラーがちゃんといるのだ。
(中略)
財力と忍耐、
それに鷹よりも鋭い驚異の眼力、
この三つさえあれば、
家に持ち帰って本棚あるいは金庫に
仕舞うことがかなわない本など
世の中にほぼないと言っていい。

P39 L5~L12

 

私は古書に詳しくありませんが、
同じ本好きとしてこの文章はとても魅力的でした。

 

最近は電子書籍化が進んで簡単に本を求めることができますが、
書店を何件もまわりながらようやく手にしたときのワクワクは
紙の本でしか味わえないですし、私は、やっぱり現物派ですね。

 

また、
主人公・ウィルに贋作の誘惑が訪れるシーンでは、

 

サイレーンがまたいつもの罠を仕掛けて歌おうとも、
その歌をわたしはもう諳んじているから、
誘いに乗ってしまうようなことはないのだった。

P104 L14~16

 

こんなロマンチックな言葉で誘惑を払いのけます。
ウィルは恋人のミーガンへの言葉遣いもきれいなんですよ。

 

まぁ内面がいろいろアレなんですけど。

 

 

 

全員もれなく人間性に難アリ


 

 

とんだ勘違いなのだろう。
非現実的だし、結局は正義に反する自尊心だった。
かつて書き記されることのなかった言葉や思いを、
この上なく美しく、世に送り出してやってきたのだから、
わたしの仕事こそが実は、他人のためになっていたのだ、と。

P70 L12~15

 

なにが嫌ってまずウィルが贋作を全然反省しない(笑)
なんなら技術に誇りまでもってしまっている/(^o^)\オワタ
そしてあまり躊躇もせず贋作で恋人も友人も何回か裏切る。

 

一方、
恋人のミーガンは生まれてくる子供に
殺された兄の名前をつけたがる…わぁ。
縁起悪いというか子供も悲惨な目に遭いそう。

 

その兄は兄でもちろん生前は妹と共依存。
贋作もするし妹に金借りるし妹の恋人はもちろん嫌い。

 

だめだ、ロクなやつがいない。
文具店の上司(モブ)しか心を許せる相手がいない。
読んでいて何度イラッとして本を投げようとしたことか。

 

人間の業とか味わいたい方にはいいと思います。

 

 

 

あの結末は“本物”なのか?


 

 

今読んでいる思考実験の本に、
「テセウスの船」という問題があります。

 

 

 

様々な逸話をもつ有名なテセウス号を盗むという
依頼を受けたこの犯罪請負人が現場へ来てみると、
なんとテセウス号と思われる船は“2つ”もある。

 

警備員によると、
1つはたしかにテセウス号なのだが、
修理をしているうちにほとんどすべての木材を
取り替える必要が出てきたのでその古い木材で
なんともう1隻船を造ることになったというのだ。

 

左側が新しい木材で修理したテセウス号。
右側がもとの古い木材で復元したテセウス号。

 

犯罪請負人は言う。
「で、どっちが本物のテセウス号なんだよ?」

 

 

 

読後なんとなく浮かんだのが、
この思考実験のおはなしだったんですよね。

 

ウィルがたどりついた平穏な結末。
あれははたして“本物”の幸せだったのでしょうか。
私にはどうも似せて作った“贋作”のような気もするのです。

 

あるいはなにが“本物”の幸せなのでしょうか。
彼が幸せに感じるならば、どんな形であれ、幸せなんでしょうか。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。