中高生の頃は作家になるのが夢でした。
学校から帰ると自室のパソコンをつけ、
ときには寝食も忘れて延々と物語を打ちこむ日々。
今となってはそんな勇気ありませんが、
若気のいたりっていうやつでしょうか、
高校生のときは文学部顧問の勧めでコンクールに応募したり、
出版社にも二度ほど小説を送ったことなんかもありましたね。
大学生になると創作ペースは一気に落ちましたが、
当時のブログに作品をUPしたりしてたんですよ。
今でもたまに物語は書きます。
メモ用紙1枚程度のSSかも怪しいような代物ですが。
ちなみに公開する予定は今のところまったくないです。
というわけで今回は作家のおはなし。
柚木麻子氏『私にふさわしいホテル』読了です。
文学史上もっとも不遇最恐な作家
文学新人賞を受賞した加代子は、
憧れの〈小説家〉になれる……はずだったが、
同時受賞者は元・人気アイドル。
すべての注目をかっさらわれて二年半、
依頼もないのに「山の上ホテル」に自腹でカンヅメになった加代子を、
大学時代の先輩・遠藤が訪ねてくる。
大手出版社に勤める遠藤から、
上の階で大御所作家・東十条宗典が執筆中と聞き――。
文学史上最も不遇な新人作家の激闘開始!
※あらすじは新潮社HPより引用しました(一部編集)
http://www.shinchosha.co.jp/book/120241/
文体は、
集中して読みやすいスラスラした質感でした。
まとまった時間があれば1日~2日で読めそうです。
キャラクターは、
主人公の加代子が良くも悪くも野心家でしたたかで、
逆に宿敵の東十条はなんだかんだ憎めない性格だし、
実在する作家もさりげなく風評被害を受けるし(笑)、
書くの楽しかったんだろうなってわかる暴れっぷり。
人を選ぶ性格ですが私は加代子のクソガキっぷり好きです。
構成は、
デビューから厳しい現実、保守的な馴れあい、成功と挫折。
人生のフルコースを6話にわたって味わいつくすかのよう。
一見不遇な加代子ですが、夢と現実、酸いも甘いもきちんと
経験させてもらえていて私には作者の愛情が垣間見えました。
以下、各話の感想をまとめます。
本作にふさわしい感想
第一話 私にふさわしいホテル:
文豪御用達として有名な「山の上ホテル」に
依頼もないのに自腹でカンヅメになった加代子。
真上には大御所作家・東十条が泊まっていると知り……。
舞台となる山の上ホテルが
明治大学の近くという設定だそうで。
身内に出身者がいるのでやんわり親近感がありました(?)。
作家の技量はもちろんのこと、
彼らを発掘して力を最大限発揮させる
編集者もなかなか大変な仕事ですよね。
どちらも目指した時期がありましたが私にはやはり無理そうだ←
ちなみに大御所作家の東十条先生。
私はなんでか筒井康隆氏が脳裏に浮かんでいました。
みなさんだったら誰をイメージするんでしょうかね。
第二話 私にふさわしいデビュー:
ある新人賞授賞式に出席した加代子は、
以前一悶着起こした東十条に遭遇し絶体絶命。
復讐に燃える大御所作家をかわすためにとった行動は。
そうか。私は、あっと声をあげそうになる。
本を出すも出さないも本来、
作者である私が決めるべきことではないか。
出してもらうのではなく、私が本を出すのだ。
権力に屈し、編集者の顔色を窺い、何を弱気になっていたのだろう。
こんなの絶対に私ではない。
これくらいの逆境、絶対に撥ね返してみせる。
P55のこの一節にはうるっとしてしまいました。
最近「ペルソナ5」というゲームを遊んでいるのですが、
加代子のマインドにはあれに通じるものを感じますよ。
こういう思考ができる人って、
ときには自己中とか現実見ろとか非難されがちですが、
本来まわりが社会に迎合しちゃっただけなんですよね。
思考実験や哲学関係の本を読んでいると、
「平等」という言葉はしょせん理想なんだと思うんです。
私たちが思考する生物であるかぎり不公平が当たりまえで。
だから、自分の信念を貫ける人というのは、私は尊敬しますよ。
第三話 私にふさわしいワイン:
軌道に乗りはじめた仕事。
育ちも容姿も文句ナシの恋人。
順風満帆に思われた加代子の作家人生に新たな局面。
ダメだこいつ早くなんとかしないと( ゚Д゚)
そう思う反面、
加代子の気持ちはわかる部分もあるんですよ。
苦労してきた人ほど、
一度報われてしまうとそこに根を生やしてしまって
保守的というか現状維持に甘んじてしまうというか。
宿敵・東十条がいい働きをしていてよかったです。
彼も遠藤先輩もきっとただ苦労をさせたいわけじゃなくて。
加代子が“あのまま”売れることを望んでいたんでしょう。
装飾品みたいな苦労じゃなく、
彼女の内面に染みこんだ苦労に彼らは惹かれているんだと思います。
第四話 私にふさわしい聖夜:
宿敵は東十条だけじゃなかった?
バーで目撃した編集者の熱い手のひら返し。
腹をたてた加代子は東十条と組んで彼を地獄の底へ追い込む――。
自分の心を表現すること。
物語として広く評価されること。
読者に夢や希望を抱かせること。
すべてが同時に叶えばいいのに、
それってとても難しいことです。
しかもそこにはたくさんの人間が関わっているはずなのに、
いつも矢面に立たされているのは作家1人だけという現実。
国語が苦手な人たちの意見として、
「“作者の気持ちを答えなさい”ってなんだよ」
という疑問(哲学)がよくあるみたいなのですが、
出題される意義はここにあったんじゃないかと。
読者も、そして、作者も。
物語のむこうにいる〈人間〉を見失ってはいけないんです。
第五話 私にふさわしいトロフィー:
一見勝ち戦に見える今回の鮫島賞。
だが、選考委員は宿敵・東十条、受賞は100%無理。
「この出来レース、私がひっくり返してみせますよ!」
あれもだめ、これもだめ。
心を自由に表現することが仕事のはずなのに、
新人作家のタブーの多さにはほとほと疲れてしまう。
小説や漫画の実写化ばかり続く邦画業界。
似たような声やビジュアルやメロディが混戦する音楽業界。
ライトノベルや電子書籍等の進出で価値が下がっていく小説。
いろんなことを考えてしまいました。
芸術分野で商売するなとは言わないけれど、
表現を消費アイテムにするのはよくないですよやっぱり。
余談ですが、
あらすじを引用させていただいた新潮社HPには
他にも南綾子氏による書評も掲載されているのですが、
わたしは今回再読してみて
「やっぱりこの本、怖いっ」としか思えなかった。
どう読んだって、これは紛れもないサイコスリラーだ。
最終的に主人公の加代子が
登場人物全員を丸呑みしてしまうのではないかとマジで思ったのだ。
丸呑みというのは比喩ではない。
加代子が大口をあけて
編集者の遠藤の頭にかぶりつく様子がありありと浮かんだ。
すべての出会いと経験を栄養にして成長する妖怪、それが加代子。
南氏がこのように書いた理由、
私はこのおはなしの加代子で1番共感できました。
書評も全文おもしろいので興味があったらぜひご一読を!
第六話 私にふさわしいダンス:
島田かれん、39歳(本当は43歳)。
中途半端なタレント生命の未来を救ったのは、
ある作家からのオーディションの誘いだった。
読み終えて最初に感じたのは「あれ?」という違和感。
最終話にしては締まらないおはなしだったなと思ったのですが。
これって、
物語の“終わり”のおはなしではなく、
加代子の“はじまり”のおはなしなんじゃないか――。
と考えたら胸のつかえがきれいに取れて納得しました。
成人、就職、結婚、夢の実現など、
人生のあらゆる節目にも通じる読後感だったんですね。
私見ですが、
私は芸能人で作家という人は正直好みません。
芸能人なんだから芸を磨いてくれと思ってしまいます。
不遇は汚点だろうか
第三話の感想でも言いましたが、
苦労ってメイクやアクセサリーのように
外見を飾ってきれいに見せるものでなく、
巧い表現じゃないですけど、こう、化粧水みたいなものかと。
内側かわきれいにするっていうんですか?
直接じわっと染みこんで浸透する魅力だと、
加代子の奮闘を見てきて最後にわかりました。
加代子の作家人生はきっと、
東十条も言ったように苦しいものになるでしょう。
そしてさまざまな局面であがき正面からぶつかっていく勇姿は、
きっと数多いるどんな作家の文章や物語よりもまぶしいんでしょうね。