山本弘『君の知らない方程式 BISビブリオバトル部』読了。クライマックスが予想外すぎて「ぬぇ!」みたいな変な声が出たあと衝撃の結末に「ええ!?」と叫ばずにはいられなかった。窓見たら思いっきり開いてたし夜だったので枕に顔突っこんでからもう1回「えーーー!」って言いました。
天然の男の娘 vs 燃える萌える氷
秋学期がはじまり、“校内コスプレ大会”ワンダー・ウィークで盛り上がる美心国際学園(BIS)。ビブリオバトル部も、地区大会出場者を決めるバトルに向けて、日々の活動に力を入れていた。一方、空をめぐって対立することになった武人と銀は、周囲に秘密の“決闘”で決着をつけようとしていた。しかし、空は……。 ※あらすじは本書カバー袖より引用しました。 |
シリーズ4作目。前作『世界が終わる前に BISビブリオバトル部』からややブランクがあったのでこの際ブログに載せていないシリーズ第1作目から読みなおして順次記事を書こうかな、とも考えたのですが、誘惑に勝てず。すまんな。第1~2作目はこれから読みます。
今回の目玉はもちろん空、銀くん、武人による三角関係なんだけれど。
「だから、俺たちが自分で決着をつける?」
「その方がいいと思うんです。負けた方が自分の意思で去った方が、空さんの精神的な負担は軽くなるんじゃないかと――まぁ、僕は負ける気はありませんけど」
「嬉しいな」俺は正直に言った。「そう言われると、全力で奪いに行きたくなる」
「僕もです」銀はけろりとしている。「正直、先輩が素直に身を引いてくれたらどうしようかって思ってたんです。それは困るなって」
「ほう?」
(P207/L8~14より引用)
ハァ━━━━(*´Д`)━━━━ン!!
私はシリーズ開始から ショタコン 銀くん一択だったので空と銀くんのデートシーンなどニヨニヨしながら読んでいたのですが、恋心の自覚からあのラストシーンまで「おい、無理するな…!」ってくらい殻破るの早かった感もあったけどバーニング・アイスさん(武人)のデレの攻撃力が高すぎて…燃える氷、いや、萌える氷とはまさにこのこと。まぁ、男らしさとかわいらしさを兼ね備えた正真正銘「男の娘」な銀くんには及ばないけどな!部長がちょっと影薄めなのが残念ですが今回はビブリオバトル部(以下:BB部)男子勢の勇姿にキュンとなる1冊でした。
世界はまるごと教科書だ
「僕は空さんという人のことがもっと知りたくなったんです……なったんだよ。だから本を通して知ろうと思ったの。空さんのおすすめの本を全部読んだら、もっと空さんのことが理解できるんじゃないかって……」
(P35/L3~5より引用)
今作では、相手のことをもっと知るため、銀くんは彼女の好きなSFを、空は銀くんの好きなラノベを、武人も銀くんに言われるまま空が子供の頃に読んだという1冊の小説を――3人がそれぞれ自分の守備範囲外だった分野の本を読むことになります。引用した銀くんの言葉は前回読んだ『金曜日の本屋さん 秋とポタージュ』の中で槇乃さんも似たようなことを言っていました。偶然の一致。
とくに、武人にとってこれは大きな成長の一歩となります。空を通じて、彼女の過去を通じて、自分がバカにしてきたフィクションが人を--自分の好きな人を支えてきた、という事実に気づく。
現実の世界にも、「読書って○○だよな」みたいなまとめを読んでいると必ず「小説は読書とはいわないぞ」と現代の小説を退けものにしようとする人がいる。だけどノンフィクションだとか小説だとかラノベだとか漫画だとか、ジャンルというのはしょせんとっかかりでしかない。フィクションで現実に打ちのめされる人もいればノンフィクションで空想する人だっている。
これは本にかぎった話ではなく、私は小説から自分には縁のなかった現実をたくさん知ったし、小説よりもゲームに感情移入することが多いから新しい感情や感覚を経験するのはいつもゲームがきっかけだし、人の仕草や声にも言葉や表情があるんだと知った思い出深い音楽や映画・舞台もある。哲学や倫理学の本にはいつも発見があり感銘を受けるけれど、娯楽やサブカルと呼ばれるものから得たものと別段差はない。
結局、結果を生むのはその人自身だ。好奇心さえあればこの世界はなんだって教科書になる。
三益先生が顧問でよかった
※以下、物語の重要なシーンに触れています。これを読むことで本編のオチがわかってしまう可能性があるのでネタバレを完全に避けたい方はここで閲覧を終了してください。またこれを了承する場合も【 】内は本記事において特に重要なキーワードのため白字表記とさせていただきましたので任意で反転してお読みください。
読書、ひいては物事のあらゆる多様性を掲示してきた本シリーズ。もちろん今作でもラストに頭をガツンとやられるような展開が待ちうけています。冒頭でもお伝えしましたが私なんかは声をあげるほどでした。
「決着は、私がつけます」そう言った空の“決断”はたぶん読者の中でも賛否両論だろう。これは作者に試されているな、と思いました。部長のモットー〈他人の読書傾向を蔑んではいけない〉。これが理解できているか、実践できているか、と。
共感と理解は別物だ。誰にでも平等に”共感”することは難しいけれど、個人の主張を”理解”し、尊重することはそれほど難しくない。これはBB部の現顧問である三益先生が空の言葉に拍手するシーンで強く感じました。【一人の男性を愛し、結婚し、子を授かった】三益先生の拍手=理解は空にどれだけ勇気を与えたことだろう。「敵意も不満もないけど、尊敬の念もない」「この先生には何か相談しようとは思わない」(P195/L7,L9~10参照)などと語られていた三益先生ですが、彼女がBB部の顧問であったこと、私は誇りに思うし、意味はちゃんとあったのだと思います。
私自身はというと、空の想い、勇気、決断、覚悟、それらは理解できるし、もちろん応援したいけれど、彼女の知らないところで描かれていた銀くんと武人の本音を知っている読者としては早計すぎる気もする。正直、手放しに賛成とは言えない。…言えない、けど。でも、やっぱり素直に受けとめて見守っていきたい。
銀くんが、武人が、空が心から「幸せ」と言えるのなら、たとえそれが自分の「幸せ」とは違う形であっても、私は、それも幸せなこととして祝福したい。本は、人は、世界はこんなにも多様である--と、私はなによりこの子たちから学んだから。