瀧羽麻子『うさぎパン』を読了。高校生だか大学生だかのときに読んで一度は処分してしまった本だけど、以前どこかの書店でふたたび見かけてなつかしさでつい購入。なにかのタイミングで必ず再読しようと決めてはいたのですがまさか「食欲の秋」とかいう理由で手にとるとは夢にも思っていませんでした。読書の秋?オールシーズン読書してるのでパス。
パン屋は店頭に『うさぎパン』を置け!
お嬢様学校育ちの優子は、高校生になって同級生の富田君と大好きなパン屋巡りを始める。継母と暮らす優子と両親が離婚した富田君。二人はお互いへの淡い思い、家族への気持ちを深めていく。そんなある日、優子の前に思いがけない女性があらわれ……。書き下ろし短編「はちみつ」も加えた、ささやかだけれど淡い青春の日々の物語。 ※あらすじは文庫裏より引用しました。 |
まず表紙。かわいい。町のパン屋さんが店名に使っていそうなフォントといい、帯が下にきても絵の底辺がそろうように計算されて配置されたデザインといい、完璧。
そしてパン!お弁当!はちみつ!素朴ながら丁寧に描かれる食べものや食事シーンはそれはもうじわじわと飯テロ。店を出るなりいそいそとパンを取りだす優子や富田くん。袋からひろがるバターの濃いにおい。ああたまらない。一方「はちみつ」で先生がお弁当箱を開いたときの「ぱかり」という音なんて脳内再生余裕だし、それだけでおなかがすいてきちゃうこと間違いなし。外で食べるパンやお弁当ってなんであんなに美味しいんでしょうね…さぁ腹の虫が暴れてまいりました。
イートインスペースが併設されたパン屋さんは今すぐ『うさぎパン』を店頭に置くべき。コーヒーショップの店頭に川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』を置く感覚で。これは売れる…パンも本も飛ぶように売れるぞ…!
以下、「うさぎパン」「はちみつ」それぞれの感想をまとめました。
青春はスペシャルなパンの味
うさぎパン
高校生の優子には産みの母の記憶がない。けれど継母にあたるミドリさんとの関係は良好だし、家庭教師としてやってきた大学院生の美和ちゃんとも相性がいい。「パン好き」という共通点を見つけたクラスメイトの富田君とは町のパン屋を巡って美味しいパンをかじりながら親交を深めている。ささやかだけど楽しい毎日。大事件が起きたのはいよいよ夏休みも終わるという、暑い日だった――。 |
優子と富田くんのまばゆい恋愛を1つの大きな柱にしながら、それでいて、優子を成長させるのは恋や富田君ではなくて、お姉さん的存在の美和ちゃんだったり、義母のミドリさんだったり、亡くなった本当の母親・聡子だったり。恋は女性をきれいにする、なんていうけれど、少女を大人にするのはかつて少女だった女性たちなのかもしれない。
優子と富田くんが進路のことですれちがうシーンはまさにタイトルの「うさぎパン」を思わせる。このうさぎパンとは優子が“動物パン”を見かけた際に「動物パンといえば断然うさぎに決まっている」と思いだしたパンであり、一方の富田くんは「うさぎパンなんて見たことないよ」と首をひねる。
私の場合、幼少期に慣れ親しんだパンはアンパンマンの顔をしたパンでした。小学校の近所にあるパン屋さんにあったもので、アンパンマンなのに、中身はチョコクリーム。授業参観など母が学校に来てくれた日の帰りは決まってこれを買ってもらい、帰路でほおばる。とてもスペシャルなパンだった。
優子たちにとってこのときのそれは進路ですが、ある象徴の形は人それぞれ違う。大学へ進学することが普通だと考えている子もいれば、高校を卒業したら働きたい子だっている。動物パンといえばかにパンという人もいるしパンダパンという人もいる。動物ですらないのにアンパンマンパンだという人もいる。それと同じこと。
何億といる人間同士、噛みあうことのほうが難しいのに、私たちは愛しい人にほどその奇跡を求めてしまう。誰かを想っているはずなのに自分のことばかり考えて。青春の矛盾はあんこの代わりにチョコクリームが詰まったあのスペシャルなパンに似ていて、甘くて、なつかしい味がする。
最後、優子は聡子のことを「どうして今まで忘れていたのだろう」というけれど、私は、優子は聡子のことを“忘れていた”わけではないと思うな。
大切な記憶はつねに心の片隅に、みたいなイメージがあるけれど、実際は空気のように普段は日常に溶けこんでいて、必要なときにふと思いだされるものなんだ。聡子のことだって、きっとそのベストなタイミングまで鍵をかけて大切にしまってあっただけ。
だから寒空の下うずくまる優子を見たとき胸がキュッとなった。どうか自分を責めないで。聡子のことを、ミドリさんのことを、母親のことをあんなふうに思える子が“忘れていた”わけないんだ。富田君や美和ちゃんを頼ったっていい。パンと同じだよ。よく噛んで、ゆっくり消化すればいい。
はちみつ
失恋のショックで大好きだったパンが食べられなくなってしまった桐子。シュウとの思い出が染みこんだこの町で彼が食べなかったものだけを食べる毎日。ところが、ひょんなことから一緒にお昼を食べるようになった吉田先生のきれいなお弁当を見た瞬間、思わずつぶやいてしまった「おいしそう」の一言。それから、先生との奇妙な5日間のランチタイムがはじまった。 |
このおはなし、美和ちゃんが主人公の短編だったと記憶していたのだけど、とんだ記憶違いでした。彼女の幼なじみの桐子のおはなしでした。内容イマイチ思いだせないほど昔に読んだっきりだったもんなぁ。ただ吉田先生尊い…という感想はあの頃と変わらず。好き。
最近は「インスタ映え」なんて言葉が流行っているけど、かわいいとかきれいとか以前に、食事の本分って食べること。私たちはときおりそれを華やかな見た目に惑わされてないがしろにしがちだ。だからこそ食べものを慈しみ、祈るように手をあわせてから食事をする吉田先生がとても魅力的で息をのむ。「長く住めば住むほど、自分と関係のあるところだけを近道でつないで、そこからあまり外れなくなる」という言葉にはっとなる。先生は食べること、ひいては、生きることにとても丁寧で真摯で。その本来はあたりまえの姿が美しく見えてしまう程度には私も生きることをないがしろにしているのだと気づいて居住まいを正す。明日はこの町で、なにを食べて生きようか。
はちみつって、きらきらしていて、あたたかな光の色をしていて、とてもきれいだけど、宝石じゃなくて食べもの。だから蓋を開けて掬いとる。舌にのせる。甘い。こんなにも美しいのに、甘くて、胃の中に消えていく不思議なもの。
永遠に残しておくことはできないのだ。大切にビン詰めされたまばゆい思い出も、私たちはいつか、生きていくために取りだして、味わって、栄養にしなくてはならない。
ビン詰めするように、大切に、しっかりと本を閉じる。またいつかこの味が恋しくなったときにいつでも蓋を開けられるように、今度は処分してしまわないように、大好きな本たちがならぶ本棚にそっとしまう。とびきり美味しいものは奥に隠して誰にも内緒って、私の悪い癖。
パァ━━━━(*´Д`)━━━━ン!!
秋だしどうせなら思いっきり美味しそうな本を読んでおなかペコペコになりたい、という理由で再読に至った1冊ですが前に読んだときよりずっとふわふわしていて、きれいで、胸がキュッとなる大切で愛おしいおはなしでした。歳をとって感性が作品に追いついたんでしょうね。買いなおして本当によかった。
文章はとろけるほどにふわふわで、ふくふくとあったかいおはなし、読後はほんのり甘くてなつかしい、それはまるでパンのような、いや、パァ━━━━(*´Д`)━━━━ン!! な小説。