肉(ニク)めない男の人生 -『肉小説集』感想【再読】
2017年12月20日
早急に『肉小説集』を再読して感想記事を書こう。なにこのぐちゃぐちゃ体裁。もんじゃ焼きか。2015年に私に読まれた小説たちかわいそうすぎる。月1ぐらいの間隔で再読して記事を書きなおす救済企画をやるべき。
――2017年12月14日投稿「クセがない鶏肉は退屈かい? -『鶏小説集』感想」より
というわけで2015年投稿記事救済企画第1弾。坂木司『肉小説集』読了です。前回『鶏小説集』の感想記事で冒頭に書いた思いつき、まさかの有言実行です。読後手元に残ったメモと当時の記事を読み比べるとこれといって感想自体に大きな変化はありませんが、さて、当ブログ最古の記事は脱・もんじゃ焼きできるのか。乞うご期待!
おかわり いただきます
※あらすじはKADOKAWAより引用しました。 |
前回感想記事を投稿した『鶏小説集』の前作にあたります。鶏肉は基本的にどの部位も露骨な肉々しさはなくさっぱりとした味ですが、豚肉は部位によって肉々しさや味わいが変わる――そういう肉としての個性、また、ロースカツや生ハムといった料理としての個性もしっかり汲まれたことが1篇1篇のおはなしから伝わってきます。「ほんの一部」なんかはまんま生ハム。電車内で読んでいたんですけど、生ハムだなぁ、生ハムそのものだわこれ、と本を閉じたあと流れる車窓の風景を眺めながらしみじみするぐらい生ハムの象徴化だった。飯テロに屈して実際につくったのは角煮だけど。2015年につくったのはしゃぶしゃぶだったけど。
以下、各短編の感想をまとめました。
肉めない男の人生、十人豚色。
武闘派の爪先
勇気をふりしぼって“憧れの世界”に飛びこんだ武闘派の俺は、仕事で大きなミスを犯したのがきっかけで「一ヶ月くらいは離れた所にいってくれ」と上司に言われ、時間つぶしのため沖縄へ。爪弾き者にすらなれなかったな。おでんを頼んだら出てきた豚足に手をつけず物思いにふけっていると若い男に声をかけられ――。 |
わぁ、2年の時を経てもピンとこない。
ええっと、題材になった部位は豚足、
アメリカ人の王様
商業デザイナーの僕は恋人・美奈子の父親と決定的にセンスが合わない。味の濃い料理をドカドカ食べたり、東京以外を「地方」で切り捨てるし、極めつけにセカンドバッグ。対して「上品なものを選べ」と祖父から教わってきた僕。ああ、この結婚は考えなおしたほうがいいかもしれない――。 |
前回の感想記事では言及しなかったけどシンクロ率96%
極端な話、
前にトンカツ屋だかに行ったとき、
君の好きなバラ
学校帰りに出会った、ドラマに出てくる〈お母さん〉のようなおしゃれで優しい人。豚バラ肉ばっかりの美味くもマズくもないワンパターンで微妙な料理しかつくれない自分の母親とは大違いだ。あの人が俺の母親だったらどうだっただろう。そんな想像をしていたあるとき、その女の人に角煮を持っていかないかと家に招かれ――。 |
大学生になったとき、
あたりまえのことだけれど、料理というのは、
読んでいたら猛烈に角煮が食べたくなってしまったので後日つくりました。ほろほろやわらかくできました。前に鎌倉で豚角煮まんを食べたことがあるんですけどあれすごく美味し
肩の荷(+9)
「最近、口くさい」「ニラ、見えてるぞ」口臭や歯の隙間の広がり、40代後半になって身体にそろりそろりと忍びよってきた老いの気配。あるとき、部下を集めて食事に誘い、噛みきれないホルモンを口に隠していたら、あろうことか“それ”がぽろりと小皿の上に。三日後、上司の送別会でふたたび顔を合わせた彼らは――。 |
結局、何回読んでもP147で泣いちゃう。
ホルモンといえば、20歳を過ぎてからめっきり焼肉が食べられなくなりました。食後結構な確率で胃もたれになるのでソルマックが欠かせない。おっさんか。前は牛タンとか豚トロとかホルモンも喜んで食べていたけれど今はカルビで充分。ごはんと野菜も必要。焼肉定食を食べたほうが効率がいいのは知ってる。知ってるけど焼肉は焼肉で楽しいんだもん。
あと数年でいわゆる“女の曲がり角”という歳なので、読みながらぼんやり身のふりかたを考えてしまいました。
魚のヒレ
やらせてほしいんです。飲み会の帰り、別れた元カレの代わりとしてサークルの先輩に〈豚ヒレ肉のトマトソース煮込みピザ風〉をごちそうになったあと、勢いでそんなことを口走っていた。面白い話をしたら考えてもいい、と言う彼女に「家族の話」とテーマを与えられ、俺は大ホラ吹きの祖父の話を語りはじめる。 |
「正直だけが、取り柄なもんで」
「ウソでしょ」
「はい」(P175/L12~14より引用)
大ホラ吹きの血を引きながらとてもバカ正直な俺君かわいい。
目を閉じてしまえば夢が区切りをつけてそれは過去になってしまうけれど、目を閉じないまま超えた夜は、朝になっても「今」のつづき。まるでシェヘラザードの語る物語のように、1つ、また1つ、2人はなにかを先延ばしにする。それは意地悪なようでじつはとてもロマンチックなことではないでしょうか。同じ夢を見られる相手より、一緒にたしかな現実を歩んでいける相手に巡りあいたいものです。
厳密に言うと、じいちゃんは「わかりにくい名前の料理を、適当に出す女の子と、つきあえ」と言ったんだ。
(P185/L7~8より引用)
おじいちゃんの遺言には笑いました。
ほんの一部
塾に持っていく夜食はいつもハムサンド。ハムに魅せられ、友人たちからも「ハム」と呼ばれる僕は、新しく塾に入った女の子がいつも夜食にハムサンドを食べていると聞き、彼女の食事風景をチラとのぞいてみるが、彼女が食べていたのは明らかにハムじゃなかった。生ハム? なにそれ――。 |
生々しくて、獣っぽくて、やわらかくまとわりつくような舌触り…まさに生ハムのようなおはなしです。応急手当のシーンが異常に官能的でなにか見てはいけないものを見てしまったような気持ちになったのは私の心が汚れているからなのだろうか。ところであの応急処置はあまり衛生的じゃないらしいよハム君。
タイトルを忘れましたが、昔読んだ漫画に、女の子の食事に異常に興奮する男の子のおはなしがありました。彼を一言「変態」で片づけることもできますが、歯は身体の中で唯一可視化された骨だし、それはつまり、口の中は骨まで――中の中まで見えてしまうということ。食事には官能的な側面がある、というのは、なるほど一理あるかもしれない。
あと、以前から再三言っているけどハム君は特殊な性癖に目覚めそうなフラグが見受けられるのが心配すぎる。
おかわり ごちそうさまでした
初読の記事では「アメリカ人の王様」「肩の荷(+9)」を推していたようですが、好みを訊かれれば今でもその2篇を推すものの、再読して新たに“印象に残った”のは意外にも「魚のヒレ」「ほんの一部」でした。前者2篇が主題を表にはっきりあらわした作品だとすると、後者2篇は、読者自らが下へ下へともぐっていくことで感じられる生々しさや美しさなど隠された部分が魅力の作品。噛めば噛むほどに肉汁があふれ口の中に旨味が広がっていく上質な肉のような。噛んでも噛んでもピンとこない「武闘派の爪先」はあと何回噛んだら美味しく感じられるようになりますか。どうして「君の好きなバラ」はいつもスルーされてしまうんですか。あたたかいのに切なくなるいいおはなしなんですけどねあれも。おっさんにつられてつくった角煮は美味しかった。またつくろうっと。
『肉小説集』のラストを飾った料理は生ハムのサンドイッチ、『鶏小説集』のラストを飾った料理は鶏ハム、と、「ハム」で締める流れが定着しつつあるので次回作が牛肉の短編集『牛小説集』だとすると当然ラストを飾るのは牛ハム――!と見当をつけたものの、牛ハムなんてあるのだろうか、とインターネット先生に訊いてみたらなんと本当にありました。だけどそもそも「ハム」って豚のもも肉を塩漬けして燻製にしたものを指すらしいよ。勉強になるなぁ。
それではまた『牛小説集』(かもしれない)感想記事でお会いしましょう。グッバイ。いや、ギュッバイ。