伊与原新『蝶が舞ったら、謎のち晴れ -気象予報士・蝶子の推理-』を読了。「天気」がカギとなる新感覚の理系ミステリーです。勧めてくれる小説がことごとく私にハマらないことでおなじみの知人が書店で見つけて勧めてくれた1冊なのでまったく期待しないで読んだのですが、おかしいな、悪くなかったぞ…?
一番好きなおはなしは〈序章〉
天気予報が大嫌いな気象予報士・菜村蝶子と幼なじみの探偵・右田夏生の元に舞い込んでくるささやかな、でも奇妙な依頼の数々。降らなかったはずの雨や半世紀以上前の雷探し、“誘拐”されたバイオリンや早咲きの桜に秘められた想いを解き明かす鍵は天気予報! 明日の天気を願う時、それは誰かの事を想う時――。あなたの心の雲もきっと晴れるハートウォーミングお天気ミステリー。
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帯の裏には右田探偵事務所の広告!凝ってるなぁ。各章の扉にもそれぞれのおはなしに合わせた天気図が描かれているなど丁寧なデザインで好印象。天気にまつわる部分はやや専門的ですがミステリーとしてはさっくりしていて読みやすかったです。
主人公・右田と蝶子の関係がすごくよくて、男女だからと安易に恋愛展開に走ることもなく、序章で2人の内面や関係性がとても丁寧に描かれていたので本編にもすんなりなじむことができました。序章は季節が初夏なのですが描写が鮮やかで現実世界は真冬だというのに脳内には山の濃い緑、空と雲のくっきりとしたコントラスト、むせかえるほどのノスタルジーが見えました。そして終章ふたたび季節は初夏へ――この流れも素敵。
伊与原氏の作品は前に『リケジョ!』
以下、各章の感想をまとめました(※序章・終章は割愛します)。
今日の天気は「事件解決のち晴れ」
第1章 ミモザの霞んだ日
右田探偵事務所へ「人を捜してほしい」と依頼に来た若い女性。落としたキーホルダーを拾ってくれたので礼がしたいとのことだが彼女の様子はどうもおかしい。一方、蝶子の務める株式会社ウェザーコムでは降らなかった明け方の雨の情報を投稿するユーザーがいて――。 |
依頼人の由衣ちゃんが序盤から怪しさフルスロットルなので嫌な方向へとどんどん考えてしまったけど想像していた展開にはならなかったのでギリギリセーフ。本書収録作品の中でも唯一〈人が死ぬミステリー〉なので全体を俯瞰すると違和感のある作品でした。今回の天気ネタが個人的にはピンとこなかったのもぼんやりした印象になった原因の1つ。
ネタバレになってしまうので詳しいことは伏せますが本作のようなことは実際、大なり小なり現実に起こりうるんじゃないでしょうか。去年あたりの冬、玄関の門扉に誰のものかまったくわからない手袋の片割れがちょこんとかけてあったのを思いだしました。おそらく親切心で誰かがやっていったんだろうけど、いや、これウチの家族のものじゃないぞ。こういうのって落ちた現場に近いところのベンチとかフェンスとかが定番だけどたまに「え、そこに置く?」的な気まずいところに置いていかれてむしろ落とし主が取りづらいパターンあるよね。
「春って――希望の押し売りみたいだから」
(P83/L6より引用)
最後に蝶子が言った言葉がまんま日頃自分が考えていることだったのでびっくりしました(※参照)。
第2章 五十二年目の遠雷
右田探偵事務所に「52年前に雷が落ちたのかどうか調べてほしい」という奇妙な依頼が舞いこんできた。話を聞くと、どうやら当時、雷雨の中、神社で火災があったらしい。誰もが落雷によるものだと思っていたのだが現場にいた少年は“床に火が放たれる”のを見たと証言したようで――。右田は蝶子と共に現場の調査へむかう。 |
第2章の季節は夏ということでちょっぴり和風ホラー味もありつつノスタルジックな作品。
「落雷を受けた物体のそばにいると、受雷物体から人体に向かって二次放電が起きる。二メートル以内はとくに危険。落雷電流の主流が人体に流れ込んで、直撃されたのと変わらない被害を受ける。『側撃雷』と呼ばれる現象よ。雷が鳴っているときは、背の高い物体のそばに近づき過ぎてはいけない」
(P106/L12~15より引用)
蝶子による雷の講釈も興味深かったです。雨宿りと聞くとなんとなく昔は木の下が趣あるなぁと思っていたけど危険すぎる。軒下とかも場合によっては危ないのかな?雷が鳴ったら屋内に避難しましょう。趣よりも命のほうが大事。
今の雷、妻が怒っているのかもしれません。
(P127/L4より抜粋)
雨を誰かの涙にたとえる詩や小説はよくあるけれど、「(雷様に)へそを取られる」というし「へそを曲げる」
第3章 台風二過
台風が近づいていたある日、右田はヤマモトと名乗る強面の男から「明日の夜、ある荷物を指定した場所まで運んでもらいたい」と依頼を受けた。道中目隠しをさせられたりと奇妙な依頼ではあったが仕事は無事に終了。ところが1週間後、“本物の山本”があらわれ右田は追われる羽目に。何とかしてくれと偽物のヤマモトに直談判するため、右田は蝶子にも相談しつつ彼の居場所を探すのだが――。 |
ハードボイルド展開なのかと思いきや。右田が取引が行われた場所を推理する場面とか蝶子の台風の講釈はおもしろかったんだけど、個人的には、うーん、あんまりピンとこなかった。
第4章 エオルスの竪琴
右田探偵事務所に誘拐事件の依頼が舞いこんできた。しかし依頼人の母娘から話を聴いてみると誘拐されたのは娘の音々が所持していたグァルネリ――バイオリン!?消えた1700万円のバイオリン探すため、右田は犯行現場となった目白音楽大学へ調査に赴く。練習室棟の管理人と警備員の話によると、事件当夜、倉庫として利用している一室からバイオリンのような笛のような、妙な音が聞こえたというが…? |
「はしゃいでた?」
「『初雪だ!』って。ちらちらとですけど、雪が舞ってましたから。三人とも、自分のバイオリンケース一つと楽譜しか持っていなかった」
(P212/L7~9より引用)
ちょうどこのおはなしを読んでいた日に初雪が降ったのでなかなか雰囲気がありました。
“誘拐犯”の動機というか心情はわからないでもないかな。だけどその一方で音々の境遇も気の毒に思ってしまう。母親からにじみでる無自覚な面倒クサい親感。大切なのは1700万円だとか父に買ってもらっただとか、そういう表面的な価値じゃなくて、自分で見出す内面的な価値なのにね。
第5章 標本木の恋人
4月の夜、右田はひとり、公園で花見の場所取り(時給2000円)をしている。もともと首をかしげたくなる妙な依頼ではあったが、花見当日は雨の予報で〈お花見オススメ度〉も〈△〉だというのに、本当にお花見をするつもりなのだろうか。一方、蝶子はこの日の天気予報コーナーで土日の雨について「雨なんか降らないわよ」と原稿を文字通り“放り投げて”しまったらしい。予報は正しいのか、それとも…? |
天気予報が題材である、という特色が一番出ていたのがこのおはなしだと思います。
現実世界もあと2、3ヶ月したらお花見シーズンか。お花見の予定がある方はぜひこのおはなしを読んでお花見の本質を今一度見つめなおしてみてはいかがでしょう。1人でも1人ひとりの心がけが大事。
出先で急に降りだした雨…許せる?許せない?
一度だけ、東京ディズニーランドへ行ったときに雨が降ったことがあります。
昼過ぎくらいに急にぽつぽつ降りだしたんだったかな。不思議と悪い気はしなかった。傘をさしてまわるのも億劫だよね、ということで、友人と雨宿りがてら入口付近のアーケードをぶらぶら歩いていたのですが、まわりの人たちもここは一旦あきらめてウインドウショッピングするか~って感じで、ゆったりしていて、雨もおかまいなしに外でキャッキャしている子たちもいて…みんな楽しそうだった。こういうところでは雨は疎まれるものだけど、むしろあのイレギュラーな雰囲気は居心地がよくて、なんだか穏やかな時間だったなぁ。
〈天気は、誰もえこひいきしない〉
(P313/L1より引用)
蝶子の言葉を聞いたとき、ふと、そんなことを思いだしたのでした。天気って、あくまでオプションというか、スパイスというか、そんなものなんじゃないでしょうか。案外なんとかなる。
先日降った雪もそうでしたけど、台風とか、