Metropolitan Museum of Art photo

 

カニグズバーグ『クローディアの秘密』(松永ふみ子・訳)を読みました。以前読んだカブリエル・セヴィン『書店主フィクリーのものがたり』(小尾芙佐・訳)の中でマヤが読んでいた児童文学で、ある姉弟が家出をして大きな美術館に隠れる、という設定に惹かれたのがきっかけ。姉弟と美術館。どちらも大好きな要素なのでさっそく書店で探してきて迷わず購入しました。岩波少年文庫はミヒャエル・エンデ『モモ』(大島かおり・訳)以来かな?

 

 

 

賢い姉と大胆な弟

少女クローディアは,弟をさそって家出をします。ゆくさきはニューヨークのメトロポリタン美術館。そこでこっそり生活をするうちに,2人はミケランジェロ作とされる天使の像にひきつけられ,その謎を解こうとします。

 

――文庫裏より

どこか大きな場所、気もちのよい場所、屋内、その上できれば美しい場所。クローディアがニューヨーク市のメトロポリタン美術館にきめたのは、こういうわけでした。

 

(P9/L6~8より引用)

 

リュックひとつで飛びだす「むかし式の家出」なんて不愉快なこと自分にはできっこない、と、美しい場所へ“逃げこむ”家出を何日もかけて注意深く計画する。クローディアのこういう聡明ゆえに現実的でませたところがとってもグッドじゃないですか。

 

「金曜日までのばさない? 二十五ドルにするから。」

 

(P25/L9より引用)

 

そして彼女が相棒に選んだ2番目の弟・ジェイミーは語彙力には欠けるものの(言い間違いをクローディアにかいがいしく指摘され「ぼろっちいの」とむくれるところもかわいい)、トランプでのズルが巧く、友人との賭けでずいぶんと儲けている様子。加えてケチなので資金は潤沢。

 

賢い姉と大胆な弟、作中の言葉を借りればまさに「お互いに相手にないものを申し分なくおぎないあって」いる2人のコンビネーションはジョナサン・オージェ『夜の庭師』(山田順子・訳)のモリーとキップに通じるものがあり、もう、控えめに言って最高。こういうの大好き!

 

思っていたようなハラハラドキドキな展開は少なかったですが、姉弟のやりとりにほのぼのしながら楽しく読めました。

 

 

 

あの日の秘密基地

さて、無事美術館へ家出することに成功したクローディアですが、彼女はやがて美術館の中で見物客と新聞社のカメラマンがひしめく1体の天使の像と出会います。どうしてあの天使のことであんなに大騒ぎしているのかしら?翌日の新聞でそれがミケランジェロ作であるかもしれないと知ると、クローディアはジェイミーをけしかけ、さっそく天使の像の謎を解こうとするのでした。

 

なぜだか、じぶんでもわからないの。ただ、どうしても知らなくちゃって感じなの。

 

(P171/L6~7より引用)

 

クローディアのそのときの心境を考えるとき、小学生の頃に当時よく一緒に遊んでいた女の子の家で2人で秘密基地をつくった日のことを思いだします。よみがえるのは制作途中の光景ばかり。ダンボールを組み立てただけの粗末なもので、完成したのかも覚えていない。楽しかったかも覚えていない。そのあと一度でも2人のあいだで「秘密基地」なんて言葉は出なかった気さえする。そもそもどうして秘密基地なんてつくろうとしたんだろう。

 

そして、本書のフランクワイラー夫人のある言葉を読んだとき、ようやく腑に落ちました。

 

クローディアに必要な冒険は、秘密よ。秘密は安全だし、人をちがったものにするには大いに役だつのですよ。

 

(P220/L5~6より引用)

 

クローディアも私も、あのとき、なんでもいいから“秘密”というものが欲しかったのかもしれない。自分だけの秘密。今までとは違った自分にしてくれる、特別な秘密が。かくいう夫人も、物語の最後にはある秘密を抱いて筆を置きます(本書の語り手は他でもないこの夫人なのです)。

 

大人も子供も関係なく、人はみんな秘密が大好きなんですね。

 

 

 

彼には秘密のままで

ちなみに件の『書店主フィクリーのものがたり』に、本書はこんなふうに登場します。

 

「ふたりはね、ニューヨーク市のこういう大きな博物館にきて、そこに隠れるの。そこは――」
「そいつは犯罪だぞ」とランビアーズはいう。「なんたって不法侵入だ。おそらくどこかを壊して入りこむんだから」
「ランビアーズ」とマヤがいう。「話の要点がわかってないのね」

 

(『書店主フィクリーのものがたり』P170/L12~16より引用)

 

実際のところクローディアたちは「どこかを壊して入りこむ」ことなどしなかったのですが、それでもマヤのいうとおり話の要点はそこじゃない。クローディアの家出、ジェイミーのズル、最後にフランクワイラー夫人がこっそり胸にしまった秘密。秘密を持つことは日常にささやかなきらめきを与えてくれる――というのが本書の要点だと思うけれど、これは、ランビアーズには秘密にしておきましょう。

 

このごくごくささやかな日常のきらめきは、実際に読んでみないとわかりっこないのだから。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。