松本周『広告狂想曲24時間』を読みました。最近知人が小説を書きはじめまして、元小説家志望の端くれとして私もその推敲、校正、その他アドバイスなどサポートをしているのですが、その小説がビジネス小説を軸にしているので分野研究を兼ねて手にとった1冊。とっつきやすいページ数とストーリーでサクサク読めたし、ビジネス小説としての緩急のつけかたや〈上司〉〈クライアント〉といった定番キャラクターのステレオタイプはおおむね学べた気がする。この読書経験を今後に活かしていこう。

 

 

 

充分にアフリカにしてください

中堅広告代理店の新入社員の松山は、地方都市の大規模マンション広告の企画を命じられる。クライアントから掲示された条件は、超人気モデルを起用し、広告テーマを「アフリカ」にするというもの。プレゼンまでに残された時間は24時間。次々と襲いかかるクライアントからの無理難題、理不尽な上司、果てしないトラブル――。怒涛の1日を乗り越え、松山は無事に企画を通過させられるのか!?

 

――文庫裏より

クライアントとの打ち合わせに「俺ちょっと遅れてるから」と気軽に遅刻してくる上司。タレントを使用しないという条件下のプレゼンでタレントを起用した広告デザインを提案するクリエイティブディレクター。そしてあげくのはてに、

 

「どれぐらいアフリカにしますか?」
(中略)
「充分にアフリカにしてください。六〇〇戸が完売するように」

 

(P33/L17~P34/L2より引用)

 

このクライアントである。意味わからなくない?上司オイコラなに遅刻してんだよ。クリエイティブディレクター今までクライアントからなに聞いてたんだよ。クライアント「充分にアフリカ」ってどういうことだよノーヒントかよふざけんな。

 

タイトルのとおり24時間のうちのおはなしですが、序盤から全方位にゴインゴインふりまわされる主人公・松山に感情移入がとまりません。遠心力とGがすごい。この感覚知ってる。ジェットコースターの最後尾に乗ったときと同じ感覚だ!

 

クライアントの口から飛びだしたこの一見脈絡のない「アフリカ」というキーワード、真意は最後に思わぬ形で明らかとなるのですが、あまりにも後味が悪いというか、すっきりしないというか、やりきれないというか…さながらコーヒーのような苦味があって、単にインパクトやウケを狙った設定ではなかったというところに好感が持てました。

 

 

 

広告代理店が「代理」するもの

広告代理店といえば、昔は自分の中で〈なにをするのかわからない会社〉のひとつでした。どうしてか「代理」という言葉に違和感があったんだよなぁ。以前、同じく広告代理店を舞台にした根本聡一郎『プロパガンダゲーム』を読んだこともあり、今は広告代理店がどういうものかイメージはできるけれど、なにを「代理」しているのかという部分は本書を読んでよりその核がわかってきたような気がします。

 

これが広告代理店ビジネスなのだろう、と僕は思った。考え得る限り、ありとあらゆる全てを代理する。

 

(P253/L4~6より引用)

 

そしてその核とは、ひいてはあらゆる仕事に通じるものであり、ハンバーガーショップでの松山と涼子の会話がフラッシュバックして、心にズドンとくる。

 

「食べないの?」
「難しい」と僕は答えた。
「食べなよ。食べなくちゃいけない」

 

(P246/L1~3より引用)

 

あきれるほどあたりまえで月並みな言葉だけれど、私たちが日常にしてしまっているあらゆる物事の中に、いったいどれだけの人々が関わり、どれだけの「難しい」が呑みこまれているのだろう。最初のうちこそけらけら笑って読んでいましたが中盤以降の松山の姿は見ていられないほどで、この読後感、この苦味はまったく想像していなかった。飲むとおなかがゴロゴロするからコーヒーは苦手。飲みこむのは難しい。

 

 

 

印象に残る狂想曲

話は逸れますが、「狂想曲」がどういうものかわからなかったので読後ウィキペディアで調べてみました。本来は「自由な楽曲」を意味する音楽用語だそうです。これが転じて「特定の出来事に対して人々が大騒ぎする様子を比喩する際に用いられる言葉」となり、おもしろいのは、「本質を見失った議論になっていたことを皮肉って使われることが多い」とつづくこと。自由、大騒ぎ、そして皮肉。まさに本書のテーマそのものなんですよね。このあたり考えられているなと。

 

他部署の先輩(だけど同い年)であり元カノという美味しいキャラだった涼子をイマイチ活かしきれていなかったり、リアリティに気を配りすぎて物語としては起承転結の起伏が少なくなっているところなど惜しい部分もありますが、このタイトルの妙だったりシーンの使いかただったりはとても巧く、「好き」とも「嫌い」とも言いきれない、「印象に残る」というのが一番しっくりくる作品でした。

 

参考:
狂想曲 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%82%E6%83%B3%E6%9B%B2

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。