言葉にできない小説3選
2018年12月11日
筆舌に尽くしがたい、という言葉があるように、小説にはときに好きすぎてもはや「好き」としか言えない作品もある。というわけで、今回は2018年に読んだ小説の中から確実に好きなんだけど具体的にどこが好きなのか言葉にできなかった無念の良著たちを3冊、せめてこれだけは言いたいというGoodなポイントを添えて紹介します。小田和正氏の「言葉にできない」を脳内再生しながらよろしくおねがいします。はじめます。
凸凹“いずみ”コンビが尊すぎて言葉にできない -『山手線謎日和』
小さな出版社で営業として働く正義感の強い折川イズミと、日がな1日山手線車内で読書をして過ごすのが日課の風変わりなひねくれ者・和泉怜史、なんだかんだ相性バッチリな凸凹“いずみ”コンビが山手線各駅で出会う事件の謎を解いていく日常ミステリー、知野みさき『山手線謎日和』。
起こる事件としては他の小説、他の日常ミステリーほど派手なものではなく、真相もすっきりしないところがありますが、サクサク読めてほっこり。ときどき各話の登場人物を通して自分の心にもある冷ややかな部分に気づかされて、考えさせてくれる。この読み心地がたまりません。長さ的にもまさに電車での移動時間に読むのに最適な1冊です。
毎回和泉にまんまと翻弄されるイズミもかわいいし、彼女を翻弄する和泉もどこか楽しそうで、2人のかけあいを見ているのがとにかく至福。和みます。凸凹“いずみ”コンビ、この2人はいい、とてもいいぞ。それだけ伝われば悔いはない。まだ3/29駅ということは当然続編があるのだろうと期待しています。
9作目なので言葉にできない -『火焔の凶器 天久鷹央の事件カルテ』
不可思議な症状を訴える厄介者ばかりが受診に訪れる統括診断部を舞台に、天才医師の天久鷹央と彼女の元で学ぶ小鳥遊優が〈医療〉の目で事件を解決していくシリーズの9作目、知念実希人『火焔の凶器 天久鷹央の事件カルテ』。補足しておくと「推理カルテ」名義は短編集で本書のような「事件カルテ」名義は長編です。
他のシリーズ作品には感じられた〈医療〉としてのサブテーマ的なものが見当たらず、これまでの作風を期待しているとちょっとガッカリしますが、陰陽師を絡めたストーリーは魅せる展開で幾重にも重なった構成もエンタメやミステリーとしては充分におもしろく、結果個人的には「おもしろい、……けど!」という微妙な位置づけになってしまいました。
第1作目から感想を書いてきたシリーズだし、と思いきやの今回のこの感触。だけど変わらず好きではある。どうしたらいいのだ、という苦悩を供養させていただきました。次回作が刊行されたらもちろん読む予定。次回はまたきちんと言葉にできるといいんだけどね。
普遍的テーマゆえに言葉にできない -『ロバのサイン会』
NGも一発OKも自由自在の美しい女優猫をはじめ、水族館で暮らすバンドウイルカ、人間と鹿が仲よくやっているというユートピア〈奈良公園〉をめざす鹿などさまざまな種と境遇の動物たちの目線で人間の人生を見つめた短編集、吉野万理子『ロバのサイン会』。
どれも日常のほんのささやかなワンシーンを切りとったようなすっきりしたおはなしで、動物目線の淡々としたシンプルな文章、普遍的なテーマゆえ、感想を言葉にするのが難しい。動物と人間にとってもっとも適切な距離とはなんなのか、ということを考えながら、ときには涙しながら読みました。個人的には「波乗り5秒前」「うまれないタマゴ」「お値段100万円」「青い羽ねむる」あたりが好きです。
悲しいことや苦しいことがあったあとにハッピーという単純な構造ではなく、悲しいことや苦しいこともあるけれど幸せも必ずある、と訴えかけてくるような物語から作者の人柄を感じるようです。「おもしろい」とか「好き」とかではなく「愛おしい」という言葉がマッチする1冊。
おわりに
以上、2018年、好きなのになかなか言葉にできなかった無念の良著を3冊紹介させていただきました。いやぁ、特集枠とはいえ記事にできてよかった。冒頭でも説明しましたが具体的にどこが好きなのかを言葉にするのが難しかった、というだけで、他の作品より劣るなんてことはありません。今回紹介したどの作品も声を大にしておもしろかった!と言える作品なので気になった作品がありましたらぜひ読んでみてください。
完全に味をしめたので来年また言葉にできなかった良著が何冊か溜まってしまったときはこのような特集を組むことにします。感想記事を書けるのが本当はベストなんだけれど。それではまた、あるかもしれない2019年版でお会いしましょう。