上田早夕里『薫香のカナピウム』を読みました。前回『夢みる葦笛』の感想の最後で宣言したとおり、買ったきり本棚でねむっていた同作者の長編を救出です。ここは短編と長編の違いでもありますが、同じSFの括りでも本書は物語に起伏はさほど多くなく、主人公・愛琉の成長を軸に、どっしり腰を据えて読むような作品でした。
静かで、とても騒々しい
生態系が一変した未来の地球、その熱帯雨林で少女は暮らす。〈カナピウム〉と呼ばれる地上四十メートルの林冠部には多彩な動植物が集まり、少女たちは彼らが発散する匂いを手掛かりに、しなやかに樹上を跳び回る。ある日やってきた旅の者たち、そして森に与えられた試練。少女の季節は大人へと巡っていく。 文庫裏より |
みっちりと家々が建ちならぶ味気ない住宅地で育った私にとって、もっとも身近で唯一の自然はかつて祖父母が暮らしていた茨城の田舎町でした。朝食まで持てあました時間は決まって近くの山や森を意味もなく歩きまわったものです。
君にも覚えがあるだろう。森は一瞬も退屈しない場所だ。子供の頃は、いま以上に輝いて見えた。奇妙で、静かで、とても綺麗で――その中に潜む危うさが、私たちを惹きつけてやまない。
(P126/L17~P127/L2より引用)
森という場所は、なんだかこわい。聴覚ではなく嗅覚で音を感じる。木々や草花や虫や鳥、あらゆる生きもののにおい。それはまさしく「生命の息吹」というやつで、鼻が聞きとる彼らの息吹は、静謐な森の中で不思議と騒々しく、こわくて、落ちついて、ヘンテコな気持ちになる。
あのとき私をとりまいていたもの。その光景、音、におい――それらをありありと思いだす鮮明な森の描写。ページを繰るたび、意識はずんずんと森の奥へのめりこんでいく。
少女を大人にするもの
「少女の季節は大人へと巡っていく」事前に刷りこみがあったからか、愛琉を大人へ成長させるものはなんだろう、と読みながら常に考えていました。パトリや理麻をはじめとする彼女が属する一族の仲間だろうか、それとも、運命的な出会いの末に「巡りを合わせた」鷹風だろうか。彼と名を結んでしまったオーキッドか。彼ら、彼女らを丸ごと包みこむ森か。はたまたその森に訪れた試練なのか。
ラクササは本当に私たちの味方なのか。正しいのは、パトリか、光風か、フェルンか、クロエか。あるいは誰もが間違っているのだろうか。もしくは、全員が少しずつ正しいという可能性は。
(P165/L12~14より引用)
やがて、己の心をさまよう彼女に森の真実が明かされる。そのときようやく気づく。
ゆっくりとゆっくりと、進んでいけばいいのだ。
(P323/L16より引用)
愛琉を少女から大人へ成長させたもの。それはきっと、彼女をとりまく社会や自然、彼女が生きるこの世界ですらない。期待も不安もすべてを抱えながら、彼女はただ、進むことを選んだ。決めたのは彼女自身。そう、少女を大人にするもの、いや、人を成長させるものはきっと、誰にとっても、いつだって自分自身だけなのではないかと。
私はサンダージョーを狩るか植物園に行く
前回読んだ『夢みる葦笛』が哲学的なテーマを孕んだSF小説だったので本書もその延長かと思いきや、同じ骨組みとはいえどちらかというとファンタジー小説や青春小説のような趣があって、また違ったテイストで上田作品を楽しめたので大満足でした。個人的には池澤春菜氏による解説もよかった。
言葉という木々がうっそうとしげる森の、奥へ、さらに奥へと進んでいく読み心地はスーザン・ヒル『城の王』(幸田敦子・訳)を思いだしました。あと、獣との対峙や弓を扱うシーンがあったので 久しぶりに「Horizon Zero Dawn」をプレイしたくなりましたね。鷹風による弓のレッスンが完全にチュートリアルだった。
どのページからも森の濃いかおりを感じることができるので、普段の読書はもちろん、山方面への旅行やキャンプなどのお供にも最適の1冊。読後に植物園を散策してみるのもいいですね。森の呼吸を直接肌に感じながら、そこで暮らす少女の成長、そして自分自身と人類の未来について思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
私はとりあえず、近いうちにサンダージョーを狩るか植物園に行く。