知念実希人『火焰の凶器 天久鷹央の事件カルテ』を読みました。再読です。シリーズ最新刊『魔弾の射手 天久鷹央の事件カルテ』を買ったので雰囲気思いだすためにというのと、初読のときは感想が書けずにいたので。一度読んだはずなのに、いやぁ、二転三転する事件から目が離せない。エンタメミステリーとしてよく練られた優秀な1冊だと思います。
初読の感想はこちら:
人体自然発火現象は本当に起こる
安倍晴明と同時代に生きた平安時代の陰陽師・蘆屋炎蔵の墓を調査した大学准教授が、不審な死を遂げる。死因は焼死。火の気がないところで、いきなり身体が発火しての死亡だった。殺人。事故。呪い。さまざまな憶測が飛び交う中、天医会総合病院の女医・天久鷹央は真実を求め、調査を開始する。だが、それは事件の始まりに過ぎなかった……。現役の医師が描く本格医療ミステリー!
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約1年ぶりに読みましたが、ここのところヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』(高里ひろ・訳)やスティーブン・ミルハウザー『私たち異者は』(柴田元幸・訳)、詠坂雄二『人ノ町』など重厚なつくりの小難しい小説がつづいていたので、改めて読むとなおのこと読みやすさが際立ちますね。実質2日でサクサク読めました。医療ミステリーといえば昔は『チーム・バチスタの栄光』をはじめ海堂作品も何冊か読んだりしましたけど、キャラクター小説として気軽に読めつつ医療を身近に感じられる知念さんの天久鷹央シリーズが個人的には好きです。
落雷は雷獣のしわざ、落石は天狗礫のしわざ、蜃気楼は蜃(大きなハマグリの妖怪)のしわざ、やまびこは幽谷響のしわざ。科学がまだ発展していなかった時代、人々は身のまわりに起こる不思議な現象を「妖怪のしわざ」と考えていました。妖怪のしわざだと視覚化することで、恐怖や不安を緩和・コントロールしていたようです。陰陽師・蘆屋炎蔵の話はまさにそんな人間の性を思わせますね。知識や好奇心、行動力、なによりしっかり自分で考える癖がないと、人間はいつの時代も知恵のまわる者に体よく踊らされる――。今回の事件の複雑さと関係者の思惑をふりかえると、つくづく、そんなふうに考えてしまいます。「こんな結末でいいわけがない」と最後にアクションを起こした〈僕〉こと小鳥遊先生にはグッときました。タイプじゃないけど。
うーん、ミステリー小説はネタバレを考えるとどうしても具体的な感想は語れないけど、あとこれだけは言っておこうかな。鷹央曰く、人体自然発火現象は過去検視官が正式に結論づけたこともある現実に起こる現象だということ。そして、本書ではさらりと流された「人体蠟化説」がしんどすぎること。
被害者たちの身に起こったのは「人体ろうそく化現象」だという説がある。この現象では、火元(暖炉の燃え差しやタバコの火)が被害者の着衣に引火して燃え上がる。それと同時に、なんともぞっとする話だが、皮膚が裂けて脂肪層が露出すると、衣服がろうそくの芯、脂肪はろうの役割を果たすようになり、燃焼する。こうして燃料として供給される人体の脂肪が燃やし尽くされると、やがて火は消え、周囲は延焼せずに残る。
本能寺の変も日本屈指の絶望感だけど、人体自然発火現象は自分が本能寺そのものになってしまうのでたぶんもっと絶望すると思う。みんな、火の扱いには気をつけようね。
碇教授の一件が印象に残っています
人体自然発火現象に関する鷹央の講釈と、あと個人的に印象に残ったのは、碇教授の一件ですね。
「残念ながら、私にはできない。拒絶している人間を無理やり入院させる資格は私にはないんだ」
(P97/L14~15より引用)
鷹央の診断によって、碇教授は入院して治療を受けないと助からない状態であると判明するのですが、「炎蔵の呪い」をおそれる碇教授は部屋から一歩も出るものかと治療を拒絶しており、鷹央たちの前に「一般的な医師は患者の意思に反して入院させることは(法的に)できない」という壁が立ちはだかります。
「よく聞いてください。先生は何一つ間違ったことをしていません。物事にはルールというものがあります。それは個人が自分だけの価値観、自分だけの正義で暴走することを止めるためのものです。先生はそのルールの中で最善を尽くしました」
(P113/L13~15より引用)
人間は社会で生きる生きものだから、もちろん、ルールは悪いものではないというのはわかってる。だけど、最近はときどき、過剰なルールがかえって価値観や正義、秩序の妨げになることもあるなと感じる場面もあって。テイルズのエレノアとかグラブルのユーリとか、ガチガチに真面目だけどここぞという場面では融通の利くキャラが私は好きです。責任が重くなればなるほどルールも厳重になっていくものだけど、同じくらい、ルールというのは柔軟でなければいけないという気もしますね。
そして、鷹央のある行動によってなんとか室田を病院へ運びこむことに成功し、後日、鷹央が碇の妻からかけられる言葉。医師の存在意義は、「治療」以外のところにもきっとあるのだなと。私も過去に心療内科に通ったことがあるから、医師に診てもらうという事実ひとつが人を救うこともあるというのは実感しています。患者側も医師側も、みんながそれを認識できれば、世界はもっと優しくなると思うけど、……資本主義の世の中ではなかなか難しい、か。
言葉にできました
プロメテウスは天界から盗んだ火を人類に与えたことで3万年ものあいだ山頂で磔にされ肝臓を鷲についばまれる刑に処された――という神話があります。プロメテウスは、火があれば人間は暖をとれる、調理ができる、と考えました。しかし、火にはゼウスが危惧したとおり人間が武器をつくって戦争をはじめるという危険な側面もあったのです。
ある立場で本書をふりかえると一連の事件はこの神話の趣が強く、これだけ複雑で大きな事件を生んでしまった人間の心もまた、人間の手には負えない、災害たりえる“自然現象”といえるのかなと。そんなふうに締めたくなるのは、やっぱり直前に詠坂雄二『人ノ町』(に収録されている「風ノ町」)を読んだからでしょうか。
というわけで、前回は言葉にできない小説3選に入れてしまった『火焰の凶器 天久鷹央の事件カルテ』、再読でようやく言葉にすることができました。毎回断片的でちぐはぐな感想になっちゃうけど、天久鷹央シリーズ、やっぱり読みやすいしおもしろいですよ。
「私がなにかおかしなことをしそうになったら、お前が止めてくれ。頼むぞ」
「頼まれました。任せておいてください」
(P108/L2~3より引用)
ドコドコ┗(^o^)┛ドコドコ┏(^o^)┓ドコドコ┗(^o^)┛ドコドコ┏(^o^)┓
あまりにもよすぎてつい踊りだしてしまう胸熱な小鳥遊先生と鷹央の“絆”もばっちり再認識できたので、このまま最新刊『魔弾の射手 天久鷹央の事件カルテ』読みます!