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書店で小説を選んでいるときに連れから「これは?」とわたされた高山羽根子『如何様』、「敗戦後」という言葉に食指が動かないなぁ(歴史苦手)と気が進まないまま読んでみたらあっというまに読み終わっていたし作品に想いをめぐらせるのすんごいおもしろかったので特集に組みこむ予定だった感想こねくりまわして1本の記事にしました。

 


 

そもそもこの世の多くの場所にとって、坂道は高さの違うところに行くための道というだけのものなのに、東京というところはどういうわけか、こういった坂ひとつにもいちいち御大層な名前がついていることが多かった。

 

(P7/L3~5より引用)

 

「トウキョウにも山はあるの」
「山ばっかりだよ。トウキョウの中心は坂だらけだもの」

 

(P132/L6~7より引用)

 

縁あって「平泉貫一」というある画家について調査を依頼された〈私〉がさまざまな関係者を訪ねて真偽のねじれをあぶりだす表題作と、おそらく駅伝を教えに異国へわたった女性がたどりついた境地を描いた「ラピード・レチェ」が収録されていますが、そのどちらにも〈坂〉が1つのモチーフとして登場するあたり、たとえば「テセウスの船」や「スワンプマン」のようなあらゆる物事の定義の背景にあるグラデーションというのがひとつのテーマになっていると個人的には思います。

 

テセウスの船:
ギリシャ神話を元にしたパラドックスの話。テセウスが帰還した際に船はアテネの人々によって保存されていたというのだが、その際、朽ちていった木材は徐々に新たな木材へと換えられていったという。このとき現存する〈すべての部品が交換された船〉とたとえば〈取りはずした古い部品を集めてつくられた別の船〉はどちらが「テセウスの船」といえるのか?
スワンプマン:
「沼の男」という意。ある男が落雷で死んでしまうのだが、偶然、そのあとすぐそばの沼で落雷があった際に原子レベルで男とまったく同一の存在・・・・・・・・・を生みだしてしまう。姿も、記憶や知識もなにもかもをコピーしたこの存在ははたして男と同一人物といえるだろうか?

すなわち、タイトルの『如何様』とは貫一にかけられた替え玉=イカサマの嫌疑でありながら同時に私たち読者とはそれぞれなにをもってして如何様いかような人間か?という問いでもあったのです。はぁ~、この急所を音もなく突いてくる感じ、好き。

 

先に挙げた「テセウスの船」や「スワンプマン」に対する答えは1人ひとり異なります。「本物」の定義が人によるこの人間社会の中では、貫一同様、自分にとってのなにが真実と見なされるかわからない。他者と関わって生きていくかぎり私とは「私」というある種の作品であり、作品がすべからくそうであるように、工程の一切に手を抜いてはいけないのだなと。一表現者として読後は身の引きしまる想いでした。

 


 

一方「ラピード・レチェ」のほうは、同時期にたまたま『ライザのアトリエ ~常闇の女王と秘密の隠れ家~』をプレイしたりスティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』を解説した動画を観たりしていたせいもあって、私の中ではさらに〈中継地点〉というテーマが色濃く浮かびあがっていました。

 

その社会で、どうがんばってもふつうに暮らしていたら手に入らないもののニセモノを作ることに、正義の意識はどう発生するんだろう。手に入らない場所で代替として作られたニセモノは、どんなにインチキくさく、食べ物であれば味がいまいちであっても、その場所では本物になるのかもしれない。

 

(P134/L10~13より引用)

 

運のいいことに、本書を読みはじめる前、人からこんな話を聞いたばかりなのでした。テレビで生チョコの発案者が取りあげられていたそうです。彼(?)は10年ほどの歳月をかけて独自に生チョコのレシピを開発しましたが、ご存知のとおり、現在ではさまざまなレシピが横行し「半生状態のチョコレート」ということに誰も驚きさえしません。

 

「その10年って、なんだったんだろうね」

 

わかりやすい数字と主観的な感情ばかりにフォーカスをあてて私はあのとき「気の毒な話だ」と言いました。だけど、それは違うのかもしれない。

 

モーニング娘。屈指の名曲「雨の降らない星では愛せないだろう?」に「僕たちは未来までたすきを渡す使命」というフレーズがあります。もちろん私たちの人生は私たち一人ひとりが主人公だけど、この物語は、誰かの過去と未来をつなぐ中継地点でもある。それに気がつける人、それを受けいれられる人というのは、今の社会を見るかぎりきっとまだそれほど多くないんだろうな。

 

 


 

帯のあらすじを読むとミステリー然としていますが、そうやって手にするほとんどの人がおそらく期待するであろう展開にはなりません。物語としてはつかみどころのない話ですが、ここからなにを得るか、そこに意味のある作品として個人的にはどうしても勧めたい1冊です。

 

 

参考にしたサイト一覧

 

テセウスの船 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%88%B9

 

スワンプマン – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。