初読の感想はこちら:

言葉にできない 記事にできなかった小説の感想まとめ【2020年上半期】

 

シリーズ2作目『錬金術師の消失』購入したので再読。初読の感想は過去の私がどこにも需要のない謎の特集に放りこんでしまったので今回改めて独立した感想記事を書きました。ばっちりネタバレになる部分を引用しているので任意で読んでね!

 


 

初読のときはこんなバッキバキのファンタジー読み慣れてなくて、錬金術師とか軍人とか中世ヨーロッパあるいはスチームパンク的な世界観ってイメージが上手くできなかったんだけど、再読までの空白期間にソフィーのアトリエとか閃の軌跡Ⅳまでぶっとおしプレイしてきたおかげで理解度が全然違った。この世界における錬金術の考えかたとか、錬金術と変成術の技術や立場の違いとか、あとおもしろいなと思ったのは錬金術師が世界で常に7人しか存在しないこととか、細部まで設定が凝っていて、ここがまず一番に推しておきたいところ。

 

そんなファンタジーな世界で起きるこのミステリー、密室殺人事件の圧倒的な質の良さよ。初読のときは3回変な声出たけど再読でもしっかり3回唸りました。美人なのにガサツで不遜な天才・テレサによる錬金術師ならではの鮮やかな推理と、真相究明に至った彼女とその相棒・エミリアのある決定的な事実、そして最後の最後で明らかになる事件の驚くべき真相――それはまさしく、フェルディナント3世が考案したという緻密で壮大な〈賢者の石〉のセキュリティーのごとく。

 


 

作者の紺野さんはあとがきで、「大好きなミステリィへの想いを、全力で表現した」と記しています。

 

かくいう私も、紺野さんほどではないものの高校時代に創元推理文庫に出会って以来ミステリーが好きで数だけ見ればそれなりには読んできました。それでも唯一、理解ができなかったのが本格ミステリーというジャンルです。フィクションとはいえ、なぜこうも派手に人を殺さなければならないのか。トリックという娯楽のためだけに人が殺されるのは不謹慎なのではないか。それでも結局、たとえば、この『錬金術師の密室』はとてもおもしろいのだけれど――本格とか論理とかって謳われるミステリーを読むときはいつもどこかでそんな複雑な心持ちだったのですが、再読によってとうとう「ミステリー小説とはなんなのか?」に個人的な答えが出たような気がして。

 

「フェルディナント三世がそもそも何故、居心地の良かったはずのメルクリウス・カンパニィから逃げ出そうと思ったのかはわからない。あるいは理由なんてなくて、逃げ出せる方法を思いついてしまったから、ただそれを実行しただけなのかもしれない。これは、卵が先か鶏が先かという話同様、考えるだけ意味のないことだ。だが、難題に挑みたがるのは人の常でもある。きっとかつて自分が設計した完璧な三重密室から、抜け穴を作るような力業ではなく、奇跡のように逃げ出す方法を考えたかったのだろう。そうして――ついにそんな奇跡を思いついてしまった。脱出のためにわざわざダストシュートが通れるサイズの子供型素体を用意したのは、きっとそんな理由があったのだろう」

 

(P319/L6~13より引用)

 

テレサが語るこの言葉が、私にとっての答えになったのだと思います。

 


 

正直ミステリーという分野に対して自分がとるべきスタンスについては迷うところもあるのですが、まぁ、なんていうか「フィクション」と割りきって娯楽として純粋に楽しんでもいいんだなって。再読して本当によかった。2作目を読むための、ううん、楽しむためのこれ以上ない最高の前準備になりました。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。