昔、家族で母の実家へ帰省したときのこと。
川でサワガニをつかまえてきました。
家に帰ったら水槽で飼うつもりでした。
何かの容器にサワガニたち(3匹)を入れて、
実家へ帰るまで車内の中央に置いていたのですが
数時間後には見事に3匹もれなく逃げられました。
騒然とする車内。
逃げるサワガニ。
今でも「かに」と聞くと、
あの光景がまっさきに浮かんできます。
ちなみにそのあと全員つかまえて飼いました。
水槽にうつしたあとも何度か脱走されましたが。
ところで、
横歩きの印象しかないカニですがあれは
敵に襲われたとき素早く逃げられるよう
速く動ける横向きを主としているだけで
実際は前後にも(ゆっくり)歩けるそうです。
たしかにつかまえるのは難儀でした。
脱走したサワガニはとても速いです。
今回はそんなカニのおはなし。
倉狩聡氏『かにみそ』を読了しました。
このタイトルにしてなんとホラー小説!
***
流星群の翌朝、
海辺で拾った1匹の小さな蟹。
蟹はとにかくなんでもよく食べた。
蟹はとにかく知能も高くよくしゃべった。
食欲旺盛な蟹のために、
20代無職だった「私」は働きはじめた。
蟹との生活は奇妙だが楽しくもあった。
あるとき、
職場で出来た彼女を私は衝動的に殺してしまう。
懺悔より先に浮かんできたのは「食べるかな、これ」
蟹は人間もよく食べた。
蟹は知能も高く人間を襲うことを覚えた。
捕食者と餌は逆転した。
そこにあるのは恐怖か、
それとも奇妙な友情か。
***
倉狩氏といえば、
最新作『今日はいぬの日』を読んだばかり。
デビュー作の文庫化ということでこちらも。
中編2編収録なので以下にそれぞれ感想を。
かにみそ:
設定はきちんとホラー小説ではあるものの、
作品全体の雰囲気は妙にあっさりというか、
あの「世にも奇妙な物語」に出てきそうな
どこか淡々として飄々としたおはなしです。
個人的に気になった点は、
主人公「私」が罪の意識を自覚したシーン。
衝動的とはいえ恋人を殺し、
死体を蟹に食べさせるというようなことを
思いつく人間がこんなにあっさり罪悪感に
目覚め涙するものなんでしょうか…ううむ。
とはいえやはり印象的なのは終盤のシーン。
一見ただの“生活風景”なのに、じんわり。
ここに作者の唯一無二のセンスを感じます。
生きることは食べることだよ。
そうでしょ?
人間の3大欲求なんてよくいいますが、
最近は蟹の言うことを自分でも自覚しています。
結局「食」に行きつくんですよね、
生きることについて深く考えると。
食べる(生きる)ため以外の目的で
生きものを殺してはいけないと思うし、
もちろん食べるときはその命に感謝する。
シンプルだけど大事な心がけだと思うのです。
「食」という字は「人を良くする」と書く。
良いものを食べて良質な人間になりたいものです。
百合の火葬:
蟹(動物)に対してこちらは百合(植物)。
不気味に増殖していく百合のおはなしです。
表題作とはうってかわってしっかりホラー。
人の記憶…ことに“悲しい記憶”が好き
という設定は葬儀や仏壇で見かけること
が多い百合にはしっくりくる設定ですね。
私、百合は好きだけど嫌いで。
写真とか造花で見るのは平気なんですけど、
あの茶色の部分とかにおいとかダメでして。
毒々しいというか、なんか、怖いんですよ。
あの子たちはただ、殖えたいだけ。
生きたいだけなのよ。
おそろしいのは植物であること。
蟹と違って表情がありませんからね。
悲しみを吸って殖えていく百合が、
あれだけのペースで増殖するということ。
それすなわち、
誰しもが心のどこかにそれだけ悲しみを
抱えて生きているということであって…。
そして誰かの悲しみで育った百合がまた、
別の誰かを魅了してやまないという連鎖。
蟹よりも身近な存在(植物)であるぶん
私はこちらのほうが怖かったですかね。
解説によると、
これら2編と『今日はいぬの日』の出来事
すべての兆候である〈流星群〉が降るのは、
3月11日ということになっているそうです。
私たちがそこから思いだすのはあの日のこと。
あるとき突然にありえないようなことが起き、
人は生と死の姿をまざまざと見せつけられる。
自分の中の悲しみとむきあって前に歩きだす。
おはなしのおもしろさはもちろん、
一貫したテーマをお持ちの倉狩聡氏。
これからも注目していきたいですね!
蟹、百合、犬。
はたして次は何が牙をむくのか。
人間はそれら驚異とどうむきあうべきなのか。
今だからこそ考えるべき大事なテーマですね。