新天地はエメラルドの都 -『オズの世界』感想
2018年11月19日
小森陽一『オズの世界』を読みました。随分前に書店の平積みで見
没入できる自然な文体
配属先はローカル遊園地!? ディズニーランドで働く夢に破れ、二度と遊園地には行かないと心に決めた久瑠美。失意のうちにホテルへの入社を決めた彼女が命じられたのは、グループ傘下にあたる九州の遊園地での勤務だった。理想と現実のギャップに不満だらけの久瑠美、しかしそこでは更なる試練が待ち受けていた――。遊園地の知られざる裏側と不慣れな地で奮闘する新米社員を描くお仕事小説。
――文庫裏より |
おおよその展開は読めてしまって文章もややあざとさがありますが、終始なめらかな言葉運びで読みやすく、かといって中身のない軽さというわけでもなく、約330ページと普段は数日かけて読むくらいのページ数だったにも関わらずほとんど集中力が途切れることなく1日で読みきれました。具体的にどこがと言うのは難しいけれどグイグイ引きこまれるものはあります。
上記あらすじのとおり遊園地が舞台のおはなしですが作品の雰囲気はどことなく山浦サク『ケモノみち』(漫画)の趣があり、あれ好きな漫画なので、似ているような気がする主人公の雰囲気とか上司との相容れなさを微笑ましく思いながらどんどん没入していってしまいました。
映画化は予定調和?
約1年間のあいだにさまざまなトラブルや葛藤があるので具体的におもしろかった点を挙げたらキリがないんだけど、さすが、作者は脚本家でもあり映画化もされただけあって展開としては万人にウケる無難な王道パターン。もともと映像化されることまで見越していたのではと勘ぐってしまいますね。インターネットによれば本書の主人公も、もともと今回の映画化で実際に主演を果たした波瑠氏をイメージしたキャラクターだそうですし。
行間から垣間見える同期・美月の心境とか最初から怪しかった沼田次長など、主人公以外の人物に関してはえらくあっさり描かれて拍子抜けする部分もありそのへんはフィクション特有の都合のよさ・わざとらしさを感じもしましたが、まるで階段を一段また一段と着実にのぼるように波平の成長が段階的にわかって、エンディングも露骨な大団円というよりは現実的に少し抑えたしっくりくる終わりかただったのでトントンです。王道といえば、波平と小塚の関係も展開なんてわかりにわかりきっているんだけどやっぱり進展するイベントがあると「きたきたきたきたぁ!」とまんまと一喜一憂してしまってそこは本当に悔しかった。
本筋に関係ないところでおもしろかったのは、ときどきなぜか定期的に披露される多彩な虫の知識。
【虫天国】の管理人によると、関東一円にいる蝉は体長35mmほどのミンミンゼミだという。一方、九州の平野部に多くいる蝉は、体長55mmほどのアブラゼミと体長70mmにもなるクマゼミが主流なんだそうだ。
(P153/L8~10より引用)
「遊園地の知られざる裏側と不慣れな地で奮闘する新米社員を描くお仕事小説」という部分に惹かれて買ったはずなのに、主にこういうところで関心したり勉強になったりしていました。70mmのセミとか正気?虫の中でも殊にセミがからきしダメなので私は絶対に南の地域には移住できない。昆虫好きの上司ということで私の中ではイメージが完全に香川照之氏だった。映画では西島秀俊氏だそうです。正直どっちも好き。
読後も原作に絡めて楽しもう!
こうしてふりかえってみると、なぜか「お仕事小説」と言われると「?」と若干の物足りなさを感じるものの、非日常を日常にするのはやっぱり「好き」だけじゃ通用しない、むしろ好きであればあるほど葛藤の多い仕事なんだろうなぁ、としみじみ痛感する小説でした。
本書のモチーフになっているライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』のほうは詳しく知らないのですが、ドロシーが波平だとすると、ライオン、カカシ、ブリキの木こりはそれぞれ誰になるんだろう。カカシは現に弥生から「案山子」と呼ばれていたので上園で確定だとして、ライオンもおおよそ見当はついている、けどブリキの木こりに相当するのって誰?--読後はこうした考察をするのも楽しいかもしれません。
最後にめちゃくちゃ個人の主観なことを言いますが、本書を読むちょっと前にMrs. GREEN APPLEの「Oz」という曲を聴く機会があって、読後改めて聴いたら、本書の雰囲気にかなりマッチしたのでこの記事をきっかけに本書を読んだ際にはぜひそちらも聴いてみてください。
※0:47~あたりから少し聴けます。